皇帝の呪
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皇帝の呪

 正午に皇帝崩御の報告を済ませると、午後からは慌ただしく継承の儀の準備が進められた。  中身のない父の棺桶を前に今までの感謝と労い、それから皇位を正しく継承する旨の報告を済ませたヘレウドは、日が山の稜線に掛かるまでに戴冠たいかんした。  形式上ではこれで第百代皇帝と名乗っても良かったが、このアワローヌでは正式な皇位は未だに前皇帝の体に残っているとされていた。  大小百の宝石で彩られた重々しい冠を頭から持ち上げると、拍手をしながらガーネスが部屋に入ってくる。 「これはこれは百代陛下。いや、まだ陛下ではありませんでしたな」 「呼称などどちらでも良い。それよりも私に、というよりも、この器に用があるのだろう?」  そう言うとガーネスは右目を少し下げてから口の中だけで笑い、ヘレウドに向かって手を出す。 「では皇位継承の為、これより聖櫃せいひつへと向かいましょう」  聖櫃とは初代皇帝の遺体を収めた聖なる棺桶のことだ。それは聖堂の地下深くに埋められ、皇帝と教皇以外の者はそこに立ち入ることすら禁じられていた。  ヘレウドは大きなフードの付いた漆黒のローブの背に付いて、部屋を出た。  聖堂へと続く回廊を抜け、これから教皇だけが知るというその間に向かうことを思うと、儀式の為にと身につけた黄金の皇衣がその一歩一歩で更に重くなっていくように感じられた。 ◆  拝堂と呼ばれる表の聖堂の裏手に抜けると、大理石に赤い染料で模様が刻まれた柱が何本も立っている路が、その小さな建物に向かっていた。  自分の居室とそう大差ないと思える大理石の立方体の上、玉葱のような屋根が黄金で形作られ、その芯に一本だけ細い尖塔が飛び出ている。 「本堂の方にはあまり来られたことがないですかな」 「父から近づくことを固く禁じられていたのでな」  ガーネスが知らないはずはないのだが、こういった物言いをして相手の様子を見る癖があるのだ。それを快く思わない者は多いが、教皇という権威に口出し出来る人間は皇帝以外には存在しなかった。 「こちらです」  そう言って取っ手のないドアに触れる。  扉は音もなく右側に滑っていくと、そこに薄暗い口を開けた。口の中は通路ではなく、下へと続く階段になっている。 「どうされました? 行きましょうぞ」  気圧された、という訳ではないが、その不可思議な扉がどうこうというのではなく、先の見えない地下階段から言い知れぬ警告の風を感じたのだ。  それでも降りない訳にはいかない。 「分かっている」  短く答えると、彼に続いて石段に足を踏み出した。  階段は何度か曲がりながら果てしなく地下へと降りていて、けれどその薄暗い通路や天井、苔で湿った壁、足元を真っ黒な虫や蜥蜴とかげが抜けていく様を、初めて見るとは感じなかった。  そう。これはいつも夢で見るあの光景へと続く、悪夢の階段なのだ。
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