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覚悟して目を固く閉じて衝撃に備えたが、何も起こらない。ただ、近くで大きな羽音が聞こえる。
恐る恐る目を開けて見えたのは、アシュレイの顔とその向こうに広がる青空、そして彼の背中で大きな黒い翼が羽ばたいている様だった。
「飛んでる……」
真下には城下に広がる家屋の屋根が見えた。人々も家も随分小さい。こんな景色を毎日見ていたら、人間なんてちっぽけなもののように思えても仕方ないだろう。
「もうすぐ城壁だ」
賊の侵入を阻むために数百年前に建てられた城と街を囲む高い壁、そしてそこに昼間は常時開放されている門が見える。早朝だと言うのに既に開門していた。もう、兄が到着している。
一瞬焦りを覚えたが、しかしアシュレイは驚くほど速く飛行し、すぐに壁の前に着いた。
降り立つと護送していた兵士たちがどよめいたが――恐らくアシュレイの姿に驚いたのだろう――、構わず兵に門の外に連れて行かれている兄の後ろ姿を見つけ、急いで駆け寄った。
「兄様!」
呼びかけると、光のない目でこちらを振り返った。一夜のうちにすっかりやつれてしまい、かつての傲岸不遜な面貌は跡形もなく、生気のない顔で虚ろな双眸が空を彷徨っている有様だった。
「兄様、お別れを言いに来ました」
その言葉を聞くと、瞳が僕を捉えた。そして認識すると嘲るように鼻で笑い、踵を返して自ら門の方に歩いて行く。
目が合った瞬間、光のない目の奥で、どす黒い炎がちらと揺らめいたように見えた。絶望の世界で、兄にとって僕への憎悪こそが、今を生きるための糧になるかもしれない。
彼が生きてくれるなら、それならば、僕は――。
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