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「バルタジの吸血鬼の情報なのですが――」
重い空気が流れた後、イェルクが紙束を見つめながら口火を切った。
「『聖母の遺児』……と名乗る三人組の男だそうです」
「『聖母の遺児』だと……!」
静かに聞いているだけだったアシュレイが突然ガタッと音を立てながら立ち上がった。その顔は引き攣っていたが、恐れではなく待ち望んでいたことがようやく訪れたかのように微かに悦びを覗かせていた。
「『聖母』が関わっているとなれば……あいつが来るのも時間の問題か……」
「何の話……?」
ぶつぶつと呟き思案しているアシュレイを見上げる。目が合うと、彼はまた無表情に戻った。
「お前に、この国にとって素晴らしい味方がやって来るかもしれん」
「味方?」
『聖母の遺児』と『素晴らしい味方』。何のことかさっぱり分からない。
「アリ――千年の時を生きる最強の魔女だ」
歴史に名を連ねるベルンハルト皇帝と七賢人、漆黒の幸福。そして彼らと共に戦った魔女――アリ。
しかし、帝国成立以降、歴史の表舞台に一度も立つことが無かった。あれから五百年もの歳月が過ぎたが、彼女は生きているというのか。そして、僕の味方になるかもしれない、という。
かつて漆黒の幸福と呼ばれたアシュレイが現れ、史上最強と謳われた伝説の魔女アリが現れるのだとしたら――歴史はここから、大きく動き出すかもしれない。
どくんどくんと高鳴る鼓動を感じながら、僕は膝に置いた震える拳を強く握った。
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