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「多分、子供は亡くなったお子さん一人だったと思うわ」
「そう……」
けれど、違う。靖美の投げてきた言葉に反応しただけで、私の胸の中は波立つことなく、何の感情も浮かんでいなかった。
私は、何年も見ていない元夫の顔を思い出そうとして、失敗した。思い出すのは、眼鏡が乗った面長の輪郭だけ。どんな顔だったのか、ぼんやりとも浮かんでこなかった。
「気の毒な話ね……」
ぽつりとつぶやいた私に、靖美はゆるく頷いた。その言葉は嘘じゃなかった。
離婚の直接の原因は夫の浮気だった。
当時、私と元夫は三十歳。相手は元夫と同じ部署の同僚で、その年に入社した二十二歳の女子社員だった。軽はずみな浮気がいつのまにか本気になり、夫は、私と青羽の待つ家に帰らなくなった。
私は、かつて働いていた会社で伴侶を見つけて、そしてその会社に従事する女に、伴侶を奪われたのだ。
「亡くなった子供の……性別は」
かすれた声で尋ねると、靖美は少し考えるようなしぐさをした。
「えっと、どっちだったかな。多分女の子だったと思うけど」
「女の子……」
私の頭の中に、ふいに馬鹿げた妄想が首をもたげてくる。
「小学校にあがって、すぐ亡くなったの?」
「うん。そう聞いたわよ」
靖美が、やりきれないといった様子でビールをあおった。
――そのくらいの年頃なら、ちょうどちーちゃんと同じくらいだ。
そんな馬鹿げた考えが浮かんで、ギュッとみぞおちの辺りが苦しくなった。
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