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娘の青羽と二人、さびれた商店街を通り抜け、十分も歩けば自宅の都営団地に着く。その間、私たちの間に会話はない。
「……ねえ、なんでよ」
どうせ返事は期待できないが、狭い玄関で靴を脱ぎながら、私は構わず話しかけた。
「そんなに欲しかったの? あの本が」
青羽が会計を通さずスクールバッグに忍び入れたのは、文庫のビジネス本だった。少なくとも、女子高生が好んで読む種類の本ではない。
「前から言ってるけど、小遣いが足りないならバイトすればいいじゃない。帰宅部なんだし時間あるでしょ」
青羽は私の問いを当然のように無視し、真っすぐ自室へ向かう。
タン! と高い音を立てて襖が閉められた。
「青羽! あんたはいつもいつも、そうやってあたしを無視して! なんなのよ! いいかげんにしてよ!」
襖に向かって何かを投げつけたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。私は深く息を吐き出した。この数年、ため息をつかない日など一日でもあっただろうか。職場や、面倒な近所付き合いや、いろんな人間関係があるけれど、中でも一番うまくいかないのは家庭の中だ。
私の頭を悩ませるのは、一人娘の青羽ただ一人。次から次へと問題を起こしてくれるから、気持ちの休まるときがない。しかも、私を徹底的に無視するから話し合いもままならない。これが夫婦なら、完全に家庭内別居状態だ。
外に向かって、大声で叫んでしまいたい。
――ほんっとに、疲れる……。
私は毎日、どんな顔でどんな表情で過ごしているのだろうか。鏡は見ているはずなのに、自分の顔立ちすら忘れてしまっている気がする。まるで老人のようだ。
まだ四十二歳だというのに。
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