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「あなたの名前は千円の千に夏で千夏。あたしもまったく同じ。千夏はこれが夢だと思ってるでしょ。でも違うわよ。これは現実。あなたはちゃんと起きていて、あたしとこうして話しているの」
「は? いやいや、夢でしょこれは」
夢の中の登場人物にこんなことを言われるなんて、ほとんど漫画の世界だ。いや、漫画が好きな私だからこそ、このような夢を見ているのかもしれない。
「信じられないかもしれないけど、あたしの名前はあなたと同じ美原千夏よ。あたしは、過去から来たあなた自身なの」
「……過去? の私?」
ずいぶん設定の細かい夢だなと思いつつ、私は彼女を見つめた。気も緩んでいるから、口も半開きだ。
「一九七三年八月三十一日生まれ」
「うん。そうそう、合ってる」
間近で見る彼女の顔はとても小さい。すぐに自分の幼いころの顔を思い出せないけれど、既視感は確かにある。変な感じだ。まあ、夢だから。
「父親の名前は美原克幸。母は信子。あたしは、清瀬市立第八小学校に今年の春入学したの。――あたしの世界の『今年』だけど」
「今年? 過去の……?」
なんだかややこしい話になってきた。疲れた脳みそで考えるのは、少々厄介かもしれない。
彼女はそんな私を放置して、私以外は知り得ない過去のエピソードをどんどん話した。大好きだった幼稚園の先生の名前。学校帰りに近所の犬に勝手に名前をつけてからかったこと。当時仲良しだった二人の女の子。お山の大将だった男の子。飼っていた大好きな猫の名前。
淡々と語る彼女の顔を見ているうちに、私はこれが夢じゃないということに、ようやく気づき始めていた。
頭の天辺から爪先まで、感覚ははっきりしているし、自分がいつも寝起きしている四畳半の部屋の空気も、日常の一部なのだと、体と意識がほぼ理解している。飲酒して深酔いしているわけでもないから、それがよくわかった。
「あたしがこっちの世界にいつまでいられるのかわからないけど、とにかく、その間に青羽との関係をどうにかしなさいよ」
「どうにかって……。何見てきたようなこと言うのよ、子供のくせに」
初対面の、しかもこんな小さな子供に諭すようなことを言われて、素直に返事などできない。彼女の表情はわかりにくかった。少し怒っているように見えるし、呆れているようにも見える。
「私と青羽が心配だから……それで現れたってわけ?」
「それもあるわ」
この子が過去の私なのだとしたら。
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