(二)

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 まったく記憶にないけれど、幼いころの私は賢くて大人びた子供だったということになる。確かに顔立ちは、写真で見た昔の私に似ているような気もするのだ。けれど、友達は女の子より男の子の方が多かったし、大将とはよく喧嘩して走り回っていたから、スカートやワンピースを着たイメージがない。    でもなぜ過去から? 普通に考えて逆じゃないの?    ――たとえば、私が結婚前の過去の私に会いに行って、元夫と結婚しないように助言するとか。 「あ、そうそう。青羽には先に会って自己紹介済ませてあるから」  更に驚くことを言われて、思わず大きな声が出た。 「は? 顔見ただけじゃないの?」 「ちゃんと話したわよ。あの子は飲み込み早かった」 「うそ、でしょ……。信じるわけないわよ、青羽は」    彼女は今度は呆れたように私を見た。 「本当に手の焼ける親子ね。あなた達は」  そりゃ親子なんだけど。子供のあんたには理解できないだろうけど、色々複雑なのよ……。  こんなに小さな少女にわけもなく圧倒されて、私は何も言い返すことができずに口の中で言い訳を呟く。まったく舌打ちしたい思いだった。  すると彼女は立ち上がり、部屋を出て行った。すぐ追いかけると、小さな背中はキッチンへ向かい、四人掛けのダイニングテーブルの椅子にちょこんと座った。    私は不思議だった。とうてい信じられない話、状況にもかかわらず、私の中に彼女の存在はすとん、と入り込んだようだ。うまく説明できないが、思考よりも肌で感じる何かが彼女をすでに受け入れている。――遺伝子が、本人だと認めてる? 「千夏、電気点けてよ。私には無理だから」 「あ、はいはい」    物体には(さわ)れないのだろうか。でも、椅子を引いて座ったから単に壁のスイッチに手が届かないだけか。    灯りの下であらためて見る彼女は、抜けるような白い肌をしていた。昔の自分は、一日中外で遊んで一年中日焼けしていたような気がするのだが。それこそ学校から帰ったら、玄関にランドセルを放り投げて外に飛び出すような。 「青羽ちゃん! こっちにおいでよ!」    いきなり大声で青羽を呼ぶ彼女に驚く。間を置いてからすす、と襖が開き、娘の青羽が顔を出した。  青羽は『過去の私』を見ると嬉しそうににっこり微笑む。青羽の笑顔を久しぶりに見た私は、つい凝視してしまう。 「お腹すいた~。ちーちゃんも一緒に食べる?」   ――ちーちゃん?    驚く私を尻目に、二人はいつの間に打ち解けたのか、並んでダイニングテーブルに座り、楽しそうに顔を見合わせた。 「うん! 青羽ちゃんと一緒に食べる!」 『ちーちゃん』は青羽と話すときには、小学一年生らしい雰囲気にシフトチェンジした。見事だ。――それに、青羽。普段、私に対する素っ気ない態度が嘘のように、ちーちゃんに優しい笑顔を向けている。  ――なによ、その嬉しそうな顔……。私にはいつも仏頂面しか見せないくせに。    六畳の、ダイニングルームが歪んで見える。目の前の二人の姿が、急速に遠くに感じて息苦しくなる。私はひっそり息を吐いた。
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