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――早く、わたしにアイに来て。
メールを確認してから、俺はスマートフォンをテーブルに置いた。
今日、俺はまた彼女にアイに行く。それは昨日今日決断したというわけでもなくて、もうずっと前から考えていた事なので、例えば誰かに何かを言われたりだとか、何かが起きたりだとか、そういった事でこの意志が揺らぐ事はないと断言出来る。それほどまでに、俺の決意は固かった。
8時40分。もう少し早く起きる予定だったのだが、時計の針は結局いつも通りの時間を示している。俺はベッドからゆっくりと起き上がり、部屋のカーテンを開け、顔を洗い、歯ブラシを口にくわえた。――思わず苦笑してしまいそうになるくらい、なんて事ない、普段と同じ休日の朝だった。
ぼんやり歯を磨いていると、突然、スマートフォンが鳴り出した。洗面所に唾を吐き、口をすすいでから急いでリビングに向かう。画面には見慣れた友人の名が表示されていた。思わず舌打ちが出そうになるのをぐっと堪えて、ソファに深く腰掛ける。
画面を操作してからそれを耳に当てると、やはり何度も聞いた事のある、慣れ親しんだ声が響いた。
『よ、おはよう。起きてたか?』
「……。おまえは本当に、いつもいつも悪いタイミングで電話をかけてくる」
ぶっきらぼうに言うと、『おいおい、なんだよ。第1声がそれか?』と、友人は笑った。
『いきなり、そりゃないだろ。モーニングコールしてくれる友人なんて、優しいだろ。そうそういないと思うぜ』
「黙れ。頼んでない。だいたい、こっちは歯磨いてたんだぞ。電話をかけてくるのなら、俺がちゃんと歯を磨き終わった後かけてこい」
『残念ながら、俺はエスパーじゃねえんだよ』
「いや、充分エスパーだと思うぞ。おまえはタイミング悪く電話をかけてくる天才だ」
軽口をたたきながら、ふと壁に掛かっているカレンダーに目がいく。俺はテーブルの隅に置いてあるボールペンを手に持って、ふらりと立ち上がった。
そこに、『きっと今日で99倍目』と書き込む。
もうそんなになるか、と考えながら、ボールペンを意味もなく、かしかしノックした。
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