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―――
――
暗がりの中、俺は両手を広げ、地面に仰向けに寝そべりながら、息を吐き出した。もはや何度来たのか分からない見慣れた風景に、安心感すら感じられる。
目を、閉じる。
木々の擦れ合う音。風の音。――彼女がその時聞いていたであろう音色に耳を傾けながら、想像する。最後を迎えた時、彼女がどのくらいさみしくて、つらくて、孤独だったのかを。
どんな気持ちで、俺を、待っていたのかを。
メールが届く。
それを合図にゆらりと立ち上がり、俺は先ほど用意しておいたものに手を伸ばした。木の枝にぶら下がった縄の輪は微かに揺れていて、見ていると、まるで吸い込まれてしまいそうな気すらする。
ぐ、と握り、感触を確かめる。小さな台の上に乗り、輪に自分の首を通す。
――と。
「…………」
ポケットの中で、スマートフォンが震えていた。輪を首に半分通したまま、無言でそれを耳に当てる。
流れてきたのは想像していた通りの、聞き慣れた、人懐っこい声だった。
『よっ! 親愛なる俺からのラブコールだぜ。うれしいだろ。喜べ』
「……。おまえは、本当にいつもいつもタイミングが悪い時に電話をしてくる。悪魔か何かか」
『はあ? 何言ってんだ、よく聞こえねえ。おまえ、今どこにいるんだよ。電波すげえ悪いぞ』
「俺がどこにいようと、どこに『行』こうと、おまえには関係ないだろう」
『関係あるんだよ、馬鹿。さっきな、おまえに断られたから、仕方なく近くにひとりで釣りに行ったんだけど、おまえが予言した通り、さっぱり釣れなくてさ。……で、今帰りなんだけど、晩メシまだだろ? 気分転換にメシでも行かね?』
「…………」
友人の声に、気が緩む。その声は、この場所、この状況とはとても似つかわしくない、明るく弾んだ声で――スマートフォンを通じて、どこか別世界に繋がってしまったんじゃないか、という錯覚を受ける。
ふ、と笑い、俺は、少しだけ悩んで――正確には少し悩んだフリをして――前もって用意していた言葉を、口に出した。
「――悪いな。今日は忙しいから、行けない。メシは、また今度な」
返事も待たず、電源を、切る。
俺はまた、ありもしない『今度』を重ねて、スマートフォンを、地面に落とした。
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