今日また彼女にアイに行く。

7/9
前へ
/9ページ
次へ
――― ―― 暗がりの中、俺は両手を広げ、地面に仰向けに寝そべりながら、息を吐き出した。もはや何度来たのか分からない見慣れた風景に、安心感すら感じられる。 目を、閉じる。 木々の擦れ合う音。風の音。――彼女がその時聞いていたであろう音色に耳を傾けながら、想像する。最後を迎えた時、彼女がどのくらいさみしくて、つらくて、孤独だったのかを。 どんな気持ちで、俺を、待っていたのかを。 メールが届く。 それを合図にゆらりと立ち上がり、俺は先ほど用意しておいたものに手を伸ばした。木の枝にぶら下がった縄の輪は微かに揺れていて、見ていると、まるで吸い込まれてしまいそうな気すらする。 ぐ、と握り、感触を確かめる。小さな台の上に乗り、輪に自分の首を通す。 ――と。 「…………」 ポケットの中で、スマートフォンが震えていた。輪を首に半分通したまま、無言でそれを耳に当てる。 流れてきたのは想像していた通りの、聞き慣れた、人懐っこい声だった。 『よっ! 親愛なる俺からのラブコールだぜ。うれしいだろ。喜べ』 「……。おまえは、本当にいつもいつもタイミングが悪い時に電話をしてくる。悪魔か何かか」 『はあ? 何言ってんだ、よく聞こえねえ。おまえ、今どこにいるんだよ。電波すげえ悪いぞ』 「俺がどこにいようと、どこに『行』こうと、おまえには関係ないだろう」 『関係あるんだよ、馬鹿。さっきな、おまえに断られたから、仕方なく近くにひとりで釣りに行ったんだけど、おまえが予言した通り、さっぱり釣れなくてさ。……で、今帰りなんだけど、晩メシまだだろ? 気分転換にメシでも行かね?』 「…………」 友人の声に、気が緩む。その声は、この場所、この状況とはとても似つかわしくない、明るく弾んだ声で――スマートフォンを通じて、どこか別世界に繋がってしまったんじゃないか、という錯覚を受ける。 ふ、と笑い、俺は、少しだけ悩んで――正確には少し悩んだフリをして――前もって用意していた言葉を、口に出した。 「――悪いな。今日は忙しいから、行けない。メシは、また今度な」 返事も待たず、電源を、切る。 俺はまた、ありもしない『今度』を重ねて、スマートフォンを、地面に落とした。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加