鍵をかけた記憶の答え

1/1
前へ
/27ページ
次へ

鍵をかけた記憶の答え

「お、稔。こっちこっちー」 待ち合わせ場所は居酒屋だった。 俺の仕事が夕方終わりだったから、夜会うことになった。 「わりーな、呼び出しちまって」 「いや…大丈夫。予定があったわけじゃないし」 ビールやつまみを頼み、一息つく。 そういえばこんな風に飲みに行くのは、会社での付き合い以外は初めてかもしれない。 「仕事、配送業なんだな。力仕事で大変じゃね?」 「慣れればどうってことないよ。もう3年くらい経つし」 「へー。すげぇな」 ビールが運ばれてきて、乾杯をする。 まだ不思議な気分が拭えない。 「城戸は大学生?」 「ああ。都内の大学行ってる」 「そうか。俺のバイト先の同僚も大学生で、レポートとかテストが大変って言ってた」 「まーな。俺はあと夏にレポート出したら終わり。テストはまぁ…単位は取れたろ」 つまみが運ばれてくる。 枝豆をとりつつ、まじまじと城戸を見つめる。 何とか記憶から城戸のことを引っ張り出そうとするけど、やっぱり思い出せない。 と、いうか…何で城戸は俺を呼んだんだろう。 「あのさ、今日俺のこと呼んだのって、何で?」 「ん?」 「あ、いや…その、何か用でもあるのかと…」 「いや?別に理由ないけど」 「そうなのか?」 「この前久しぶりに会ったからさ、飲みに行こうかと思っただけ」 にこー、と微笑まれていたたまれない気持ちになる。俺は城戸のことを覚えてないけど、城戸にとって俺は、普通に飲みに誘える相手なのか。 それから城戸は小学校時代の話をしてくれた。そのおかげで、何となく当時のことをぼんやりと思い出してくる。そういえばそんな先生いたなぁとか、色々と行事があったなぁとか… 「稔は教室か図書室で本読んでたイメージが強いな」 「そうだな…本が好きだったから」 人と関わらないようにするには、それが一番だった。だから読んでいただけなんだけど、いつの間にか本を読むことそれ自体が好きになっていた。 「俺はあんま読まねぇからなぁ…何かオススメあるか?」 「最近読んでるのは…そうだな、江波 漣(えなみ れん)の作品とか好きだよ」 「あれか、何か賞とってたやつ」 「そう、その人。結構初期から好きで…」 「へぇ」 他愛のない話をしながら、俺は久々に楽しい酒を飲めた気がする。ただ、城戸がどんどん酒を頼むものだから、かなり早いペースで飲んでしまった。 明日が休みで良かった、と思いながら城戸の話に耳を傾けた。 ** 「う…」 「大丈夫か?ごめんな、飲ませすぎた」 「大丈夫、だ…俺こそ、ごめん…」 ぐるぐると意識が回る。 城戸に肩を貸してもらいながら、ゆっくり、よたよたと歩く。 「心配すんな。俺に寄りかかっておけよ」 遠くで、楽しげな城戸の声が聞こえた気がした。 「…、?」 目を覚ましたとき、俺は見知らぬ部屋にいた。 自分の部屋じゃない。 「おー、起きたか稔」 「……城戸?」 そうだ、酔っぱらって、動けなくなって…城戸と一緒に車に乗ったことを覚えてる。 じゃあここは、城戸の家? 「具合は?」 「頭ガンガン、する」 「そうか」 城戸は何故か上機嫌だ。なぜだろう。 いや、それよりも…酔って運ばれて、きっと迷惑をかけただろう。情けない。 「ごめん」と言いながら起き上がろうとすると、肩を押されて戻された。 「まだ寝てろよ」 「でも…」 上手く回らない頭と、だるい体をもて余しながら城戸を見ていると、その後ろにいくつか人影が見えた。 「なぁ城戸、まだかよー」 「まぁ、待てよ。やっと起きたからさ」 「…誰…?」 「俺のトモダチ」 にこりと城戸が笑う。 でもその笑みに、なぜがぞわりと嫌なものを感じた。 「稔はさ、ほんと昔から変わってないよな」 「…っ、なに」 頬を撫でられる。 身をよじると、ぐい、と頭の上で手首をひとまとめにされた。 「危機感がないっていうか…普通、同級生とか言われても、覚えてない奴の目の前でそんなになるまで飲まないっつーの」 「…、…っ」 「俺としては好都合だけどな」 城戸は楽しそうに笑ってる。 俺は、ただ…初めて飲みに誘ってもらえたのが嬉しくて、俺のことを覚えていてくれたのがむず痒くて、それで、 「小学校のときに『あの噂』聞いたときはさぁ、意味わかんなくて、 きもちわりーとしか思わなかったけど」 ギリ、と手首を押さえる手に力がこもる。 「試してみたら案外いけんじゃね?って思ってさ」 「な、なん…の、話…」 「んだよ、覚えてないなんて言わせねぇぞ」 怖い。聞きたくない。嫌だ。 そんな警鐘が頭の中に響く。 「お前、実の父親にオモチャにされてたんだろ?」
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1745人が本棚に入れています
本棚に追加