1745人が本棚に入れています
本棚に追加
鍵をかけた記憶の答え
「お、稔。こっちこっちー」
待ち合わせ場所は居酒屋だった。
俺の仕事が夕方終わりだったから、夜会うことになった。
「わりーな、呼び出しちまって」
「いや…大丈夫。予定があったわけじゃないし」
ビールやつまみを頼み、一息つく。
そういえばこんな風に飲みに行くのは、会社での付き合い以外は初めてかもしれない。
「仕事、配送業なんだな。力仕事で大変じゃね?」
「慣れればどうってことないよ。もう3年くらい経つし」
「へー。すげぇな」
ビールが運ばれてきて、乾杯をする。
まだ不思議な気分が拭えない。
「城戸は大学生?」
「ああ。都内の大学行ってる」
「そうか。俺のバイト先の同僚も大学生で、レポートとかテストが大変って言ってた」
「まーな。俺はあと夏にレポート出したら終わり。テストはまぁ…単位は取れたろ」
つまみが運ばれてくる。
枝豆をとりつつ、まじまじと城戸を見つめる。
何とか記憶から城戸のことを引っ張り出そうとするけど、やっぱり思い出せない。
と、いうか…何で城戸は俺を呼んだんだろう。
「あのさ、今日俺のこと呼んだのって、何で?」
「ん?」
「あ、いや…その、何か用でもあるのかと…」
「いや?別に理由ないけど」
「そうなのか?」
「この前久しぶりに会ったからさ、飲みに行こうかと思っただけ」
にこー、と微笑まれていたたまれない気持ちになる。俺は城戸のことを覚えてないけど、城戸にとって俺は、普通に飲みに誘える相手なのか。
それから城戸は小学校時代の話をしてくれた。そのおかげで、何となく当時のことをぼんやりと思い出してくる。そういえばそんな先生いたなぁとか、色々と行事があったなぁとか…
「稔は教室か図書室で本読んでたイメージが強いな」
「そうだな…本が好きだったから」
人と関わらないようにするには、それが一番だった。だから読んでいただけなんだけど、いつの間にか本を読むことそれ自体が好きになっていた。
「俺はあんま読まねぇからなぁ…何かオススメあるか?」
「最近読んでるのは…そうだな、江波 漣の作品とか好きだよ」
「あれか、何か賞とってたやつ」
「そう、その人。結構初期から好きで…」
「へぇ」
他愛のない話をしながら、俺は久々に楽しい酒を飲めた気がする。ただ、城戸がどんどん酒を頼むものだから、かなり早いペースで飲んでしまった。
明日が休みで良かった、と思いながら城戸の話に耳を傾けた。
**
「う…」
「大丈夫か?ごめんな、飲ませすぎた」
「大丈夫、だ…俺こそ、ごめん…」
ぐるぐると意識が回る。
城戸に肩を貸してもらいながら、ゆっくり、よたよたと歩く。
「心配すんな。俺に寄りかかっておけよ」
遠くで、楽しげな城戸の声が聞こえた気がした。
「…、?」
目を覚ましたとき、俺は見知らぬ部屋にいた。
自分の部屋じゃない。
「おー、起きたか稔」
「……城戸?」
そうだ、酔っぱらって、動けなくなって…城戸と一緒に車に乗ったことを覚えてる。
じゃあここは、城戸の家?
「具合は?」
「頭ガンガン、する」
「そうか」
城戸は何故か上機嫌だ。なぜだろう。
いや、それよりも…酔って運ばれて、きっと迷惑をかけただろう。情けない。
「ごめん」と言いながら起き上がろうとすると、肩を押されて戻された。
「まだ寝てろよ」
「でも…」
上手く回らない頭と、だるい体をもて余しながら城戸を見ていると、その後ろにいくつか人影が見えた。
「なぁ城戸、まだかよー」
「まぁ、待てよ。やっと起きたからさ」
「…誰…?」
「俺のトモダチ」
にこりと城戸が笑う。
でもその笑みに、なぜがぞわりと嫌なものを感じた。
「稔はさ、ほんと昔から変わってないよな」
「…っ、なに」
頬を撫でられる。
身をよじると、ぐい、と頭の上で手首をひとまとめにされた。
「危機感がないっていうか…普通、同級生とか言われても、覚えてない奴の目の前でそんなになるまで飲まないっつーの」
「…、…っ」
「俺としては好都合だけどな」
城戸は楽しそうに笑ってる。
俺は、ただ…初めて飲みに誘ってもらえたのが嬉しくて、俺のことを覚えていてくれたのがむず痒くて、それで、
「小学校のときに『あの噂』聞いたときはさぁ、意味わかんなくて、 きもちわりーとしか思わなかったけど」
ギリ、と手首を押さえる手に力がこもる。
「試してみたら案外いけんじゃね?って思ってさ」
「な、なん…の、話…」
「んだよ、覚えてないなんて言わせねぇぞ」
怖い。聞きたくない。嫌だ。
そんな警鐘が頭の中に響く。
「お前、実の父親にオモチャにされてたんだろ?」
最初のコメントを投稿しよう!