思い

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思い

断片的に、記憶が思い出される。 遠い、遠い、幼い頃の記憶。 日に日に体の接触が増えていった。 露骨な言葉で誘われるようになった。 気付いたときには、恐怖で逃げられなくなっていた。 俺は…実の父親に『そういう目』で見られていた。 両親が離婚して、俺が父親方に引き取られることになった時の絶望感は凄まじかった。 母さんは、俺のことを簡単に手放した。 …恋人が外にいたらしい。俺は邪魔な存在でしかなかったんだろう。 俺は父さんにされていることを誰にも言えず、ただただ、怖さに震えるしかなかった。抵抗もできなくて、少しでも反抗的な態度をとれば食事を抜かれ、殴られ、罵倒された。でも最後は「お前のことを愛しているんだよ」と頭を撫で、抱きしめられる。 たったそれだけのために、俺は父さんの機嫌を取ろうと必死になった。今考えると、その時は"父さんに見捨てられたら生きていけない"と思い込んでいたんだな、と思う。 俺のことは、学校でも先生たちの間で噂になっていたらしい。たぶん、虐待だと思われていた。 でも、上手くいかなかった。何回かそういう施設の人がうちを訪問して父さんと話してたけど、それだけ。みんな父さんの外面に騙されてしまう。 クラスにも居場所がなかった。もともと特定の誰かと仲良くしていたわけじゃないし、色々な噂や憶測が親から子どもに伝わっていたらしく…俺と仲良くしようとする人なんていなかった。 俺が一言、「助けて」と伝えていたら、何か変わっていたのかな。 「…頭、痛い…」 ** 城戸たちに解放され、ふらふらと道を歩く。 呼んだら来いよ、なんて言われて…しかも、身分証とか、色々カード類を取られてしまった。動画だって画像だって、あいつらの手の中だ。 警察… いや、こんな話、信じてもらえるかどうか。それに警察に相談したことが城戸たちに気付かれたら、もっと酷い目に遭わされるかもしれない。 そもそも、助けなんて求めるだけ無駄だと、記憶の中の幼い俺が訴える。 足を止め、地面に伸びる影を見つめる。 「…露原?」 「!」 突然声をかけられ、びくりと体を震わせる。 知り合いなんてほとんどいないし、むしろその"知り合い"という奴らに手酷い扱いを受けていたから、怯えながら顔を上げる。 そこにいたのは… 「…え、河瀬?」 「やっぱり露原だ。どうした?こんなところで。ここら辺に住んでるんだっけ」 「あ、…いや、ちが…ちがう」 「?なんか顔色悪いな」 「っ!!」 河瀬が手を伸ばしてきて、咄嗟にひゅっと息がつまり、体が硬直する。 「っと…ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど」 「だ、大丈夫だ。河瀬は、悪くない」 数秒、沈黙。 不自然に思われたはずだ。 事情を聞かれたらどう答えればいい? 仕事仲間なだけだ…適当に答える? 近しい間柄じゃないからこそ…助けを求める? いや、誰に言っても同じだ… そんな考えが、頭の中をぐるぐると回る。 「…、河瀬、俺…」 「なぁ、露原って甘いもん好き?」 「え。ま、まぁ…好き…かな」 「良かった。じゃあ、これやるよ」 河瀬が差し出したものを受けとる。 あたたかいそれは、自販機などでよく見かけるペットボトルタイプのミルクティーだった。 「これでも飲んで元気出せよな。あ、何か悩みがあるなら聞くぞ!」 「…河瀬…。ありがとう」 ぎゅ、とペットボトルを握りしめると、そのぬくもりがじんわりと手に馴染んでいく。 河瀬になら、という気持ちが芽生えたけれど、すぐにその考えを頭から追い出す。 河瀬に事を包み隠さず話すことは躊躇われた。汚れてしまった自分を知られたくない。 それに、優しくしてくれた人を巻き込むわけにはいかない、よな。 俺は曖昧に笑いながら、「大丈夫だ」とだけ答えた。
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