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君を守るために①
蓮矢…れんくんと会ったのは、小学校4年生の時だ。俺はその時、父親からの暴力に怯えて過ごしていた。日に日に増える身体的な接触に吐き気がして、でも誰にも言えなくて…家に帰りたくなかったから、学校が終わると少し遠くの公園に行っていた。そこは小さな公園で、ベンチとブランコと、砂場くらいしかない場所だった。人も少なかったし、避難するにはちょうど良かった。
「…、っぐす…」
その日も、ブランコに座りながら、ぐすぐすと鼻をすすって泣いていた。家に帰りたくなくて、もうすぐ日が落ちるというのに動けずにいて、そんな時…俺の目の前に影がかかった。
「…大丈夫?」
「!」
バッと顔を上げると、俺より年上だろう男の子が心配そうに顔を覗きこんできた。
「だ、大丈夫…」
ごしごしと目をこすりながら、無理矢理に笑顔を作ろうとする。泣き顔を見られて恥ずかしくて、早くそこを去りたい気持ちになる。でも家には帰りたくないから、逃げ出したとしても、どうしたらいいか分からず踏み出せない。
目の前の男の子も困ったように眉根を下げた。
そして、ふと思い付いたように鞄をあさる。
「はい」
「…?」
カラフルな包み紙にくるまれた飴が差し出される。俺が好きな味のものだった。
「あげる。だから、泣き止んで」
「な、泣いてない」
「何があったのかは分からないけど、悲しいときは甘いものを食べるといいんだよ」
「泣いてないってば…」
「そっか」
頭を優しく撫でられる。
その柔らかい触れ方に、じわりと視界が歪む。
「俺以外は誰もいないから、我慢しなくても大丈夫だからね」
にこ、と微笑みながら、男の子は俺が泣き止むまでずっと頭を撫でてくれた。
俺は、名前も知らない優しい男の子が与えてくれる温かさが嬉しくて、心が救われたような気持ちになったんだ。
**
翌日。
俺はまたあの公園に足を運んだ。
きょろきょろと見回したけど、誰もいない。
少し残念に思いながらブランコに座り、ギィギィと錆び付いた音を鳴らす。
俯いていると、昨日と同じように、ふと、ひとつ影が落ちた。
「こんにちは」
「!」
「今日は泣いてないね」
「き、昨日も、…泣いてない」
「そっか」
男の子はくすりと笑いながら隣のブランコに腰かけた。むず痒くて、会えたことが嬉しくて、頬が緩んでしまう。
「俺の名前は、朝野 蓮矢」
「…俺は、露原 稔…」
「稔っていうんだね。俺の方がお兄さんかな? 何年生?」
「…4年生…」
「じゃあ2つ違いだ。俺は6年生」
小4から見た小6はだいぶ大人だ。
俺は一人っ子だったから、年上の兄弟に憧れていた。だから、甘えてみたくなったのかもしれない。
「れんや…お兄ちゃん」
「何かくすぐったい呼び方だなぁ」
くすくすと笑われてしまった。
「呼び捨てして構わないよ」と言われたけど、年上をそんな風に呼ぶ度胸はなかった。
「じゃあ、れん、れん、や…くん」
「はは、呼びやすい言い方でいいよ」
「ええと、れん、くん」
「なぁに、稔」
にこにこと微笑まれ、さらに頭を撫でられて嬉しくなる。こんな風に優しくされるのは久しぶりで、自分の中でどんどん、れんくんの存在が大きくなっていくのが分かった。
それから毎日、俺は学校帰りに公園に向かい、れんくんと遊んだ。れんくんに「友達と遊ばないの?」と聞いたこともある。でも、「稔といる方が楽しいよ」と返され、独占できる権利をもらえたように感じて嬉しくなった。
「可愛い稔にこれをあげよう」
れんくんは、いつも決まって飴をくれた。
俺はそれを食べて、包み紙は家に持ち帰る。捨てるのがもったいなくて、どんどん増えている。
「れんくんって、いつも飴を持ち歩いてるの?」
「大体持ってるかな。甘いものが好きなんだ」
「そうなんだ」
飴は甘くて、口どけが優しくて、れんくんのようだと思う。れんくんは俺のことを殴らない。悪口も言わない。酷いことなんてされたことがない。
それがすごく幸せで嬉しくて、だから例え家で酷い仕打ちを受けても平気でいられた。
辛くて苦しくて悲しいときでも、れんくんのことを考えれば我慢できた。
俺が5年生になり、れんくんが中1になってからしばらくしても、公園で話をすることが多かった。
その時はまだ、幸せ、だったんだ。
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