君を守るために③

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君を守るために③

それから1年と少し。 中学に上がってからも父さんからの暴力は止まらなかった。それだけじゃなくて、性的な接触も増えて、人に言えないようなことまでされるようになった。 ** その日は、雨が降っていた。 誰もいない公園で、傘も差さずにブランコに座る。もう限界だった。今日もまた帰ったら手酷い目に遭わされる。 れんくんにはずっと会っていない。 会ってはいけないから。 それでもここに来てしまったのは、少しだけ昔の思い出に甘えたくなったからだ。きっとれんくんは俺のことなんて忘れてしまってる。それでいいはずなのに、胸は痛いくらい締め付けられている。 「馬鹿だな…こんなところにいても、何も変わらないのに…」 俯き、体を打つ雨で自身の存在が溶けてなくなってしまえばいいのに、なんて考える。 すると、目の前にふ、と影が落ちた。 ゆっくりと顔を上げる。 俺は、あ、と声を上げてその人の顔を凝視した。 「…っ!?…れん、くん?」 「やっぱり稔だ。久しぶり。傘も差さないでどうしたの?何かあった?」 「…、…ぅ、…うぅ…れん、くん…っ」 我慢していたものが、溢れた。 俺はしゃくりあげながら、ごしごしと袖で涙を拭う。まさか会えるなんて思わなかった。 「…稔?」 「ご、ごめん、違う、違うんだ、会うつもりなんて、なかったのに、ごめん…ごめん…っ」 「大丈夫だから」 「っ、俺、俺は…っ」 「うん。落ち着いて。俺の手、握って?」 「…っ、…っ」 恐る恐る、れんくんの手を握ると、優しく握り返してくれた。嬉しい。大好きなれんくんの、あたたかい手だ。 「俺についてきて」 れんくんは、そっと俺の肩を抱いて、傘に招き入れてくれた。何か会話をしなきゃ、と思うのに、上手く言葉が出てこない。 それでもれんくんは嫌な顔なんてしないで、俺を気遣いながら歩調を合わせてくれた。 「着いたよ」 そして、れんくんは一軒家の前で足を止めた。表札には『朝野』という文字が見える。 れんくんが扉を開けてくれたけど、俺の足は縫い付けられたかのように進まない。このまま進めば、優しいれんくんを巻き込むことになってしまう。今ならまだ間に合うかもしれない。 それに、ここに入ったら俺は…もうあの狂った家に帰れなくなる。 「どうしたの?」 「っ、…ダメ、だよ、迷惑かけちゃう、から」 「大丈夫だよ。母さんにも友達1人連れていくよって連絡入れてあるから」 「でも、俺…」 「稔。俺のこと、信じて?」 にこりと微笑まれ、手を握られる。 しばらくそのまま、れんくんは待ってくれた。 そして俺は… れんくんの家の扉をくぐった。 家に入ると、れんくんのお母さんがタオル片手に小走りでやって来た。俺がびしょ濡れだったことに驚いたようだったけど、すぐにタオルで水気をとって、「お風呂に入っていくといいわ」と微笑んでくれた。 その言葉に甘え、お風呂に入らせてもらう。 温かい温度に、また涙が溢れてくる。 お風呂から上がったあとは、れんくんがホットミルクを持ってきてくれた。連れてきてくれただけでもありがたいのに、夕飯も食べさせてくれるらしい。れんくんのお母さんから「しばらく時間がかかるから、ゆっくりしていてね」と言われ、何だかむず痒い気持ちになった。 「俺の部屋で待っていようか」 「う、うん」 れんくんに優しく手をとられ、階段を上がる。 突き当たりのドアを開くと、れんくんは床にクッションを置いてくれた。 「どうぞ」 「ありがと…」 「少し落ち着いた?」 「…うん…。あの…ごめん…れんくん…」 「ん?何が?」 「迷惑、かけてるから」 「そんなこと思ってないよ。連れてきたのは俺だしさ」 「でも…」 「あ、家に電話する?連れてきちゃったけど、もしかして家の人が心配して、」 「それは嫌だっ!」 力一杯拒絶してしまい、しまった、と血の気が引いてしまった。何とか無かったことにしたかったけど、「…ごめん…」と呟くのが精一杯で、体が小刻みに震えるのが分かった。 「…稔」 「な、何?」 「俺は稔の味方だよ」 「え…」 「稔に酷いことなんてしない」 「…れんくん…?」 れんくんは、俺を優しく抱きしめた。 一瞬ビクッと震えてしまったけれど、そのあたたかさと、優しく背を撫でてくれる感触が安心感を与えてくれる。恐る恐る手を回すと、その密着感にドキドキと胸が高鳴った。 「れんくんに、こうされるの…すごく、安心する」 「良かった」 でも、次第にれんくんに触れられてる体が汚いもののように思えてきて、心が冷えていった。本当は俺は、こんな風に抱きしめてもらえる存在じゃない。 「れ、れんくん…離れないと、だめだ」 「え。どうして?」 「…だって…」 「…?」 「俺は、汚い…から…」 「そんなことないよ。どうしてそう思うの?」 「…とう、さんが…」 「お父さん?」 「…っ」 ぽろぽろと涙がこぼれる。 そして決壊したように、俺は今まで父親にされていた仕打ちを話し始めた。
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