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「好き」という気持ち
「…こ、滉さん遅いな」
ドキドキしながら待つ時間は、すごく長い気がした。たぶん、時間は数10分といったところだろうけど…当時のれんくんへの気持ちを思い出すには充分な時間だった。
俺にとってれんくんは地獄から助け出してくれたヒーローで、大好きな人。"恋人"にもなったし、あのままずっとれんくんのそばにいられると本気で思っていた。
「…俺さ、れんくんのこと忘れなかったら、恋人のままだったかな」
「俺は稔のことをずっと恋人だと思ってるよ」
「忘れてたのに?」
「"守る"って約束したし、そもそも別れていないから」
「あ、まぁ確かに別れ話はしてないか。でも、それならすぐに自分のこと話してくれれば良かったのに」
「…本当はすぐにでも俺のことを話したかったけど、記憶がないみたいだったし、突然昔のことを話しても困るかと思って我慢してたんだ」
「ま、まさかそれで最初は無言だったのか?」
蓮矢はこくり、と頷く。
いやいやいや、何も喋らない正体不明の人に突然組み敷かれるほうが困る。すごく困る。
「こ、今度はすぐに説明してくれると助かる。あの時怖かったのは本当だからな」
「ごめん…もうしないよ」
「ん、約束な」
しょんぼりと項垂れる蓮矢の頭をよしよしと撫でると、嬉しそうに微笑まれた。
「約束する。自分を制御できるように、今度から気を付けるから」
暴走していた自覚はあるようだ。
視力を無くしていた時、 蓮矢は甘く優しく接してくれていたけど…確かに体を重ねる回数がやたら多かった気がする。
というか、それだけじゃない。色々と恥ずかしいことをされたというか見られたというか。
"お世話"までされたという事実は消えない。
「蓮矢にされたこと考えると、…っ、だめだ、れんくんとあんなことしてたなんて!」
「俺は気にしてない。むしろ稔とずっと一緒に居られて、世話することも出来て…すごく幸せだった」
「無理。恥ずかしい。れんくんにあんなところまで見られたとか…!!」
「稔のことは隅々まで見たかったんだ。だからトイレとかお風呂も、」
「そ、それ以上言わないで!」
「…真っ赤」
「誰のせいだと…っ」
「俺のせいで赤くなってる? 可愛い…」
「うぅ…」
直視できなくて目を泳がせていると、蓮矢の指が柔らかく俺の頬に触れる。そのまま、つつ、と下がっていき、顎を持ち上げられる。
「可愛い、俺だけの稔…」
「…あ…」
ゆっくりと蓮矢の顔が近づいてくる。
俺は目をぎゅ、と瞑り
そして…
ゴン、という鈍い音が響いた。
「お前って奴は…そういうところだからな!!」
驚いて目を開けると、そこには頭を押さえる蓮矢と、握りこぶしで蓮矢を見下ろす滉さんがいた。
「痛いよ、滉」
「思い出したからってすぐ手を出そうとすんな!」
「こ、滉さん、落ち着いてください。俺なら別に」
「露原くんもだ!」
「えっ」
「よく考えろ。この場の雰囲気に流されてないか? 本当に朝野のことが好きなのか? 昔のこいつは知らないけど、今のこいつは結構とんでもない奴だぞ。自分の懐に入ってきた奴は何がなんでも繋ぎ止めようとするし手段を選ばないし…いいか、好きな人を監禁するのは普通じゃない」
「は、はい」
「昔さ、俺の知り合いにも、頭のネジが飛んでる奴がいて…俺のダチが酷い目に遭わされたんだ。いいか、よく考えないと後悔するからな」
俺の肩を掴んで力説する滉さんはなかなかの迫力がある。思わず背筋を伸ばしてしまった。
「俺は稔に酷いことなんてしないよ」
「朝野。お前と一緒にいるか決めるのは露原くんだ」
「…そうだね」
「露原くん。もう1回よーく考えるんだぞ」
「は、はい」
こくこくと頷くと、滉さんは大きなため息を吐きながら離れた。
「とりあえず俺は帰るけど…露原くん、どうする? 一緒に出るか?」
滉さんが手を伸ばす。
たぶん滉さんは、蓮矢と離れて1回考えた方がいいんじゃないかって思ってる。だからきっと、この部屋から連れ出そうとしてくれてるんだ。それは分かってる。
見えるようになった"あの時"は躊躇わずに逃げ出したけど…今回は事情が違う。
ちらりと蓮矢を見ると、何だか寂しそうな表情をしている気がした。でもそう思うのも、滉さんの言う通り雰囲気に流されてるだけなのかな?
「稔が決めて大丈夫だよ」
「…」
俺も一度距離を置いた方がいいのかなとも思う。思い出したとはいえ、もうかなり年月が経っている。冷静になる時間も必要だ。
でも、
「もう少し、蓮矢と一緒に居たいです」
離れたくない。
だって、大好きでたまらなかった人ともう一度会うことができたんだから。
「…そっか」
複雑そうな顔をしながら、滉さんは手を下ろす。そして、扉から出ていき…
その部屋はまた、二人だけの世界になった。
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