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涙の意味
ここに監禁されてから、どれくらいの日数が経ったんだろうか。時間の流れはひどく曖昧で、感覚がマヒしてしまっている。
ベッドで寝返りをうつ。
光の具合から、おそらく、お昼くらいだと思う。
とりあえず全身がだるい。それに、昨日の名残からか、腹部をさすると変な気分になってくる。ただそれ以前に…
「…おなかすいた…」
昨日の夜から何も食べていない。
いつも決まった時間に男はやって来るのに、今日はまだ会っていない。会いたいなんて思わないけど、いつも通りの行動をしてくれないと不安になる。
「…」
ふと浮かんだ恐ろしい想像を振り払うように、俺は布団をかぶり、夢の世界に逃げ込もうとした。
でも、いつまで経っても眠気はやってこないし、時間だけが過ぎていく。
光がなくなり、夜に向かう。
男はやってこない。
このまま男が来なかったらどうなるんだろう。
恐ろしい想像が頭から離れない。
今はまだ、男は俺に興味を抱いて、毎日甲斐甲斐しく世話をしている。でも、きっといつか飽きるだろう。俺はなんの取り柄もない一般人だ。
そうしたらきっと、いらなくなる。
捨てようとする。
例えば今日みたいに、俺をここに置き去りにすることだってできる。俺は何も見えないんだから、助けも呼べない。ここから動けない。
「…んで…、来ないんだよ…」
じわ、と涙がにじむ。
惨めだ。俺は無力で、惨めで、…どうして俺がこんな目にあわないといけないんだ。
俺のことを監禁して、体を好き勝手貪って、それでこんな風に放置するなんて、酷い男だ。
「……」
思考が次第に沈んでいき、俺は意識を手放した。
**
意識がふわふわとしている。
でも体は重くて、上手く動かせない。
眼下で男の子が泣いてる。
独りぼっちで泣いてる。怪我をしてる。
誰もその子を慰めてあげない。
でも、知ってる。
その子は、「可哀想な子」で、みんな腫れ物に触るようにその子に接する。
その子も、そう思われていることは知ってるから、周りと打ち解けようとしない。
その子に手を伸ばす。
でも、届かない。
代わりに、別の男の子がその子の近くにやってきた。その子よりも少し背が高くて、大人びた少年。
『大丈夫だよ。俺が守るから』
そうやって、その子のことを抱きしめた。
『…みのる』
俺の名前を呟きながら。
「…み…る…」
「…」
「…みのる」
「…」
「稔…」
ゆっくりと目を開ける。
相変わらず、光の明暗しか分からない。
その事実に落胆する。
でも、俺を抱きしめながら、震えながら泣いている男の体温を感じ、「帰って来たのか」とぼんやり思った。
「…俺、もう捨てられたのかなーって思った…あんた、もう飽きたのかなって…」
ぼやけた頭では考えがまとまらず、思ったままの言葉をそのまま伝える。すると男は、一層強く抱きしめてきた。苦しい。
「なぁ、俺のこと何で監禁してるのか知らないけどさ…こんなこと、したんだから…最後まで責任とって、面倒みてくれよ…」
男のことが怖くて、恐ろしくて、嫌でたまらないはずなのに、でも、こうやって抱きしめられるのが嬉しい。
もしかしたら俺は、この監禁生活のせいで、いよいよ感覚が狂ってしまったのかもしれない。
「…ん…」
男が俺と唇を重ねる。
慈しむような、ついばむキスに身を委ねる。
そのキスは、涙の味がした。
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