―ずっと、見てた―

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「あぁ?」  眉を顰めながら視線だけで頭上を見上げると、少し高さのある背凭れの上に、男の呆れ顔が乗っていた。 「誰だよ、お前。他人の別れ話がそんなに面白いか」 「面白くは無いなぁ。あの子が可哀想だと思っただけ。だから一言あの子の為に言わせてもらうよ。形ある物を渡すばかりが、愛情表現じゃないよ。碧園さん」 「名前まで知ってやがるし」  ウンザリと顔に書きながら、英至は視線を前へと戻し、得体の知れないこの男を無視する事に決めた。  すると、頭上からフワリと笑った気配がし、コホン、とワザとらしい咳払いが聞こえてくる。 「碧園英至。二十八歳。高校化学教師。授業は丁寧で分かりやすく、クールで落ち着いた口調は男女問わず人気高し。更に眉目秀麗でスタイリッシュにスーツを着こなし、教壇に立つ姿は文句の出しようがない完璧さ。実験時の白衣姿も大人気。時間には厳しく、目に余る風紀にはサラリと言葉を掛ける。しかし、自分の風紀は乱れまくり……と」  自分の全てを知っている様な男の口調に、英至はギョっと目を見開いて、慌てて男を振り返った。 「お前っ」  改めて顔を見返して、英至の中で眩い光がキラキラと瞬く。  自分の存在に気付いたと悟った彼は、嬉しそうに破顔して、頭を下げる代わりに顔を横に傾けた。 「若い理事長の顔なんて忘れていましたか? 碧園先生」  紛れもなく、自身の勤める私立花橘学園高校の、若き学園理事長様だった。 「何で、理事長様がこんな所に居らっしゃるんですかねぇ」  自分の私生活を知っていると言わんばかりの相手に、英至はギブアップと開き直って、悪態を吐いた。 「ここは私にとっても、行き付けの場所でしてね」  ニッコリと言われて、さすがに気が付いた。今までの男の存在も関係も、嗜好を全て知られているという事だと。 「食えない奴」  溜息と同時に吐き出した言い様に、気を悪くした様子もなく理事長は微笑む。
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