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「自分の事、話したくない事は話さなくていいんだからな」
そう言った英至に灯萌は一瞬瞳を瞠り、泣きそうな顔で微笑み、小さく息をのみ込んで、コクリと頷いた。
「分かった。話せる事だけ話すから」
言いながら顔を伏せた灯萌は、再び英至から顔を隠して立ち上がる。
「俺、二人が来る前に風呂入ってくるよ」
そのまま、背を向けて出て行ってしまった。
灯萌には覗き込めない深い淵がある。もしかすると、それは自分の抱える闇に似た孤独を抱えているのだろうか。
灯萌の落ち込んで行く様子が手に取るように分かっていたのに、自分はまた助けてやれなかったと、英至は苦く唇を引き結んだ。
いつもそうなのだ。相手の様子は見えるのに、それにどう手を差し伸べれば良いのかが分からない。方法が分からなければ、相手の気持ちを推し量るしかなくなり、推し量っている内に愛想を尽き果てられてしまう。
英至は自分の不甲斐無さを、コーヒーで誤魔化そうと流し込む。しかし灯萌が淹れてくれたコーヒーは苦みも少なく、さらに自分の中の濃い苦味を自覚しただけだった。
無造作に置いたカップに、昨晩のリングの箱がコツリと当たる。
不甲斐無さの真骨頂のような箱に舌打ちし、秋彦と小夜子が来る前にと、脱ぎっ放しにしてあったジャケットの内ポケットに押し込んだ。その手首に縛られた痕がある。
英至は微かに頬を緩めた。
灯萌の中の色々な顔。浮かれた子供みたいにはしゃぎ、思った事は口にする。戯れるような言葉を交わしていたかと思ったら、孤独に独りで耐えるように言葉を閉ざす。
(挙句に暴走)
沸々と湧き上がる笑いに、自分も幾分、浮かれているのを自覚した。
自分の何が、彼を暴走させたのだろうか。
湧き上がる疑問の答えは、自分を嬉しくさせる様な考えしか浮かんで来ず、英至は自分の考えを浮かべては消し、浮かべては消しと、無意味な事を繰り返す。
「バカバカしい」
じっとしていては、自分でも呆れる事しか繰り返さない。
英至は思考を切り替えるように、ガシガシと頭をタオルで乾かしながら、キッチンへと向かった。
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