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灯萌になら作ってやろうと思った。灯萌になら食べて欲しいと思った。
――どうして――
落ち込んでいたから。元気になってほしかったから。笑ってほしかったから。
ただ、思った事はそのまま舌には乗せられなかった。
「腹が減ってると気持が滅入るんだよ。アイツら来んのに、そんなままじゃ、太刀打ち出来ねぇぞ」
「俺が立ち向かうんじゃなくて、英至が立ち向かうんでしょ」
案の定、誤魔化した答えは灯萌によって、すんなりと返された。
灯萌は仕方なさそうに笑い、深く追求はせずにおいてくれる。
同じものを使った互いから、フワリと漂うボディソープのグリーンの香りは優しく英至を包み込み、許しと癒しを同時に与えてくれているようだった。
こうして誰かと向かい合って朝食をとる。幼い頃から夜も朝も独りだった英至にとって、それは夢物語の世界の風景だった。
毎日のように嘆く母をどうする事も出来なくて、部屋の隅でたった独りの食事をしながら、歯痒いまま見て見ぬふりでやり過ごすしかなかった。
母の嘆きは、夜通し苦悶した果てに明ける朝が一番酷く、さわやかな朝食などは特に憧れた。
朝食は自分にとって、誰かと一緒に居る為の原点だったのかもしれない。
初めて一緒に朝食を食べたのは秋彦だった。朝までくだらない話しを続け、朝食を一緒に食べ、何でも話せる友人になった。次は初めての同棲相手。その次も、その次も、誰かと一緒に居るたびに欠かさず朝食を共にした。
自分にとって、こうして一緒に朝食を食べている灯萌も、特別な存在になるのだろうか。そう考えると、やはり怖い気がする。
中途半端な自分。至らない自分。そして、灯萌の立場。
ふと、自分にとっての灯萌の存在まで考えが及んだ時点で、英至はウンザリした。
同棲までした恋人と別れたのは、まだたった数時間前なのに。そんな軽い想いに灯萌を巻き込んではいけない。
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