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―ずっと、見てた―
「僕は、そんなのが欲しかった訳じゃないっ」
賑やかに他の客がサッカー観戦に勤しむスポーツバーの一角。
癇癪を起した子供の様に、首を振りまくる恋人を前にして、碧園英至は途方に暮れていた。
「じゃあ、何が欲しかったんだ」
付き合って三カ月、同棲して一カ月の恋人に、数日前「僕を好きだって分からせて。僕が今一番欲しいモノをちょうだい」と言われた。
そんな子供みたいな事をとは思ったが、それは事の他難題で、英至は数日悩んだ末に、シンプルなパートナーリングを選び、先程それを手渡してみたが、その結果として、恋人の逆鱗に触れてしまった様だ。
「何が欲しかったんだ……か。うん。分かった。碧さんにとって僕はそれだけの存在だったってことだよね。僕は、碧さんのことが好きだよ。すっごい好きだけど……僕を好きじゃない碧さんとは一緒に居られない。別れよう。僕達」
一息で言い放たれたその瞬間、周りからひと際大きな歓声が沸き上がる。どうやら、応援しているチームに点が入ったようだが、英至の心の中は、ただただ静かな平面が広がっていく。
恋人に別れを告げられているというのに、波打つ感情が持てない。
「ほらね。平然としてる。別れようって言ってるんだよ? 何か無いのっ? 引き留めるとか、足掻く事はしてくれないのっっ」
恋人の激していく声音が耳には届くが、返って英至の中は平らになっていく。
「お前が別れたいって思うなら、俺に引き留める事は出来ないだろ。そこまで口にするにはそうとう決心、固まってるんだろうが」
悔しそうに顔を歪める相手に、英至は溜息を吐いた。
「明日中には荷物まとめて出て行くから。……さようなら。碧さん」
賑やかな空間の中、彼は静かに呟くと、振り返ることもせずに去っていく。
「今日、明日は部屋に帰って来るなって事か」
英至がやれやれと言わんばかりに呟きながら、ビールジョッキ片手にボックス席のソファーに深く沈み込むと、頭の上から深い溜息が聞こえて来た。
「そんな所で、物分かり良くてもなぁ」
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