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―モーニングタイム―
他人の家で許可も無く食材を漁るのは気が引けたが、腹が減っていては、頭が働かない上に、気分も落ち込みやすくなる。混乱した時には何かを腹に入れると落ち着くのだ。
自ら料理をする灯萌らしく、キッチンには過不足なく食料がある。カウンターテーブルの上には、学園近くにある、評判の良いパン屋のマフィンが置かれていた。英至は冷蔵庫にベーコンと卵があるのを確認し、野菜室を開く。そこに水菜とグレープフルーツを見つけると、手早く支度にかかった。
(使いやすい。さすがに機能的だな)
調味料も器も使いやすいように綺麗に整頓され、初めて立つキッチンにも関わらず、動線に迷う事がない。
執りかかってから十五分足らずでベーコンとスクランブルエッグのマフィン、水菜とグレープフルーツのサラダは出来あがってしまった。
洗い物まで済ませ、流しから顔を上げると、驚いた顔の灯萌が、ダイニングテーブルの前に立っていた。
「悪りぃ、勝手に使ったぞ。ってか、朝メシ食わないタイプだとか言わねぇよな」
「食べる。美味そうだ。英至、手際良いね」
灯萌は嬉しそうに笑い、カウンターに並べていた朝食を、それぞれで運ぶ。英至はついでに、冷蔵庫で見つけたペリエも運んでおいた。
「お前のキッチン使いやすい。機能動線が俺んトコと似てんだよ」
カトラリーを灯萌が運んで来て、二人で向かい合ってテーブルに着く。
まだアツアツのマフィンを音を立てながら、灯萌は口にした。
「うっまーいっ」
「大袈裟だな」
余りに嬉々として灯萌が頬張るのを見て、英至はむず痒い心地を味わい、眉間に皺を寄せながら呆れた声で抗議する。
「だって一人だと面倒臭くってさ、焼いてバター塗って食うぐらいしかしないし」
「俺だって、毎日こんなメシばっか食ってるワケじゃねぇよ」
「なら、どうして」
――どうして――
素朴にして最大級の難問を食らった気がする。
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