ヒロインになる魔法

1/4
前へ
/4ページ
次へ
 僕の目の前には憧れの先輩が立っていた。  しっくりと来ないセーラー服を着ていて、サラサラと美しく長い黒髪は真っ赤なリボンで二つに結わかれていた。 「最後がセーラー服とは驚いた。こりゃ嫁にいけないな。あ、それ以前の問題か。」 「その冗談、笑えないです。」  僕が苦笑いをして言うと、先輩は僕の気持ちなんか気にもしていない様子で「あはは」と笑った。 「だがこれでようやく百冊目か。ここまで来るとは正直思っていなかったよ。君も大概暇人だな。」 「褒めてます?」 「褒めているさ。とても楽しかったよ、ありがとう。」  先輩が心の底から満足そうにして言うので、僕は思わず涙を流しそうになった。  僕と先輩が出会ったのは僕が新社会人になってすぐのことだった。  先輩はしわ一つないスーツをビシッと着こなしていて、あまり人とのコミュニケーションをとらない人だった。  だけど、人より仕事がうまく出来ない僕にはなぜかよくかまってくれていた。 「君はさ、人より少し不器用なだけだよ。」  先輩はお酒を飲むといつもそう言った。  表情も仕草も会社で仕事をしているときと何一つ変わらないので、お酒で酔っているわけではないのだと思う。だけどお酒を飲まなければあのセリフは言わない。僕は、薄暗いバーカウンターやタバコ臭い居酒屋、煙だらけで先輩の顔がよくわからない焼き肉屋などで聞く先輩のそのセリフが好きだった。別に褒められているわけではないし、励まされていたとも思えないけれど、特別な感じがして素直に嬉しかった。  
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加