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そんな先輩が変なことを言い始めたのは出会って一年が経った頃だった。
僕は先輩の言うことに最初は疑心暗鬼だったが、言われるがまま小説を読んでみることにした。読み終わるまで四時間かかった。
すると驚くことに目の前には見たことのない先輩の姿があった。真っ赤なワンピースを身にまとい、髪は肩につかないほど短くなっていた。あれほど美しく長い髪だったのに。
「これが記念すべき一回目だ。私はヒロインになった。」
先輩自身、少し自分の姿に戸惑いつつも言った。
先輩曰く、僕が読んだ小説のヒロインになることが出来るらしい。
どうして先輩がヒロインになる必要があるかって、それは先輩が生きる唯一の道だからだそうだ。先輩は先輩のままだともう消えてなくなってしまうらしい。だが、先輩の元気な姿からはそんなこと到底信じることは出来なかった。僕は気になったことをいっぺんに質問したが、先輩は「悪魔と交渉した。」と説明した。本当のところはよくわからない。
けれど実際、先輩は今こうして僕が読み切った小説のヒロインの格好そのものになっている。先輩の言っていることが真実だと証明しているようなものだ。
「君が読むのに時間をかけたから、この姿でいられるのはあと三十分しかないぞ。」
ヒロインになったその日が終わる、つまり零時を超えたとき、先輩は先輩に戻ってしまうという。つまりそれは、先輩が消えてしまうという事を意味していた。僕は三十分で読めそうな短編集を手に取って慌てて読み始めた。その間、先輩は隣の部屋で待機している。先輩の命がかかった読書。とても話に集中なんて出来ないけれどただひたすら読むことしか僕には出来なかった。
先輩がヒロインになること六十回目。先輩は金髪ヘアにショートパンツという、なかなか責めたヒロインになっていた。先輩は普段、黒か白の私服ばかりだそうなので、僕以上に本人が新鮮そうにしていた。
先輩がヒロインになることにはだいぶ慣れてきた。早朝に読み終えれば二十時間ぐらいはそのヒロインでい続けることが出来るので、常に時間を逆算しながら読書に励んだ。普段全くと言っていいほど本を読まない僕は頭がパンクしそうだったけれど、先輩の命には代えられない。
ヒロイン九十回目ではスーツ姿で、久しぶりに先輩らしさを感じられた。だが安心感に浸っていたのも束の間、先輩が「実は、回数制限があってね。」と告白した。肝心の回数は百回。なんと、あと十回しかないではないか。僕が計画通りに本を読み進めたとして、先輩が残り生きていられるのはあと十日ということになる。すごく悔しいけれど僕は本を読むことしか出来ることがない。ただひたすら本を読み、時が過ぎるのを待てというのか――。
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