必ず行くから待ってろよ

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必ず行くから待ってろよ

「来週までに百万円を用意しろ。でないと大変な事になるぞ」  ある晩、僕の元にこんな電話が掛かってきた。加工された、気色の悪い声だった。  驚きのあまり固まっていると、男はこう続けた。 「ミカちゃん、もうすぐ小学校に上がるんだろう? ユウコさん嬉しそうだったぜ」  姉と、その娘の名前だった。  電話が切れてから、僕は真っ暗な部屋に座り込んで考えた。今の僕に、百万円なんて大金が用意できるわけがない。 「借りてでも用意しろ、か……」 『学生時代の友人、親族。二十人から五万円ずつ借りれば足りるだろう? 来週、必ず行くから待ってろよ』。男はそう言ってケタケタと笑っていた。  どうしよう。僕は悩んだ。自分一人が必要としている金ならば、人を頼るのは忍びないけれど、今回はそうじゃない。電話の男は理由も語らなかったけど、僕をターゲットに絞り、情報を集めて、計画的に動いているのは確かだ。  やるしかない。僕は覚悟を決めた。  その後、僕は一週間かけて知り合いを訊ねて回り、頭を下げて金を借りた。どの人も、予想よりも軽い調子で万札を差し出してくれたので、受け取りながら僕はボロボロと泣いてしまった。出し渋ったり、説教をする人はおろか、金の使い道を聞いたりする人も居なかった。 「ありがとうございます。ありがとうございます」  そう言う度に、苦しくて、悲しくて、有難くって堪らなかった。  約束の日が来た。僕は電話で指定された通り、アパートの前の道路に立った。時刻はもうじき、正午になる。  向こうからやってきた軽トラが、僕の前で停まった。その時、ちょうどお昼の鐘が鳴り始める。この車の運転手が、電話の男なのだろうか。  激しく脈打っている心臓を押さえ、僕は足元に置いたトランクに目をやる。百万円が詰まった、ドラマでしか見た事の無いトランクを。  ドアが開き、運転席から一人の男が姿を現す。その顔を見て、僕は思わず叫んでしまった。 「ヨシダ、お前だったのか?」  そう、目の前に居るこの男は、ニコニコと笑っているこの男は、社会人になるまでずっと親しくしていたヤツだったのだ! 僕は混乱した。親友と言っても過言ではないほどだった昔なじみの男が、どうしてこんなことを……。 「ヒロティー、久しぶり。その様子じゃ、全然分かってないみたいだな」  そう言って、ヨシダは口を尖らせた。 「俺たち、けっこうムカついてたんだぜ?」 「な、何の事だよ……」  身に覚えが無くて、それが恐ろしくて震えた。すると、彼は人差し指をこちらに向けて、眉を寄せてこう言ったのだ。 「何の事って、『直ぐに俺たちを頼らなかった事』だよ。どうだ、金なんて案外アッサリ集まるもんだろ?」  その言葉で、僕は全てを理解した。力が抜けて、歩道にしゃがみ込んでしまう。 「ほんと、昔から相談事とかしなかったもんな、ヒロティーは。一人で抱え込んじゃってさ。お姉さんから『様子を見てきてくれ』って頼まれたんで行ってみたら、ヒロティーの会社、潰れてんだもん。マジでウケたわ。近所のおばちゃんたちが教えてくれたよ。社長が金持って逃げちゃったんだって? しかも従業員を勝手に保証人にしてたから、借金取りが社員寮に押しかけてきて大騒ぎだったと! ヒロティー、貯金残高、いま、幾ら?」 「……僕は……僕は」 「寮、今日までに全員退去しなきゃいけないんでしょ? で、荷物はまとめ終わったんですかね? 次の引っ越し先は、どこ?」  何も、言い返せなかった。電話が掛かってきた晩に、本当は何をしようとしていたのか。机の上に置いてきた封筒の中に、どんな手紙が入っているのか。これから、どうするつもりだったのか。ドアノブに括り付けたままのロープを、どう使うつもりだったのか。ヨシダには言えなかった。 「でも、僕なんかの為に…返ってくるかもわからないのに、五万も……」  泣きながら訪ねた僕に、ヨシダは困ったような様子で言った。 「考えてくれよ。五千円のご香典を死んだ友達に渡すより、生きている友達に五万円貸してやった方が、百倍良いに決まってるじゃないか」  袖で目を擦っていると、後部座席のウィンドウが下がり、見知った顔が現れた。キシヤンとショージだ。 「俺たちさ、ルームシェアとかしてみようと思ってんだけど、どう? ヒロティーも来る?」  そう言って笑う三人に、僕は戸惑いながら答えた。 「嬉しいけど、どのくらいあれば足りるかな。その……家賃とか」 「そうだなあ。百万あれば、余裕だな」 大真面目な顔でヨシダが零した言葉に、漸く僕も笑った。
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