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「……あ」
いったん家に帰り予備校にいく準備をして、一息ついてから制服のまま家を出た。そしたらいつの間に外に出てたのか、あの子を見た。というか見つけた。
「猫……。」
しゃがんで三毛猫をなでている。野良の、たまに見かけるやつ。こっちに背を向けて、下を向いている。近くで見るともっと細い、もしかしたら小学生?
顔を見たい、そう思った。実はあの子を見かけるようになったのは、ここ1年以内のことだ。どっかから引っ越してきたみたいで、見かけるのもそんなに頻繁じゃない。こうして外で見かけることがあっても……うずくまってるから、声なんかかけられなかった。ああどうしよう、と迷う。歩く速度を落とす。不自然なほどゆっくりと。
すると、予想外にも向こうからこちらを振り返ってきた。三毛猫が俺のことじっと見てたからだ。猫のほうが先に怪しんでいた。……迂闊だった。
俺は肩をすくめて、目をそらした。死ぬほど不自然なリアクション。そのまま通り過ぎようか悩んだ。けど、その姿まるで……見て見ぬ振りの母親たちのようだ。それよりチラリと見たその顔……俺は、嘘だろ、と思った。顔について期待も何もしちゃいなかった。つまり興味はあれど、その造形は……。でも、この子…………
「猫すきなの?」
勇気を出して問いかけたその声は、自分でも笑えるほど情けない、細い小さな声だった。
「……うん。」
猫のようなきらりとした目が、戸惑いがちに揺れる。弓なりの唇は、微笑んでるのか、困ってるのかよくわからない。頬が少し赤い。ほんとに色が白い子なんだ。唾を飲み込んで立ち尽くした。すごくかわいい子だった。俺はかわいい子に慣れてない。ていうか、ほんとにこの子がいつもうずくまってる子か?
「……さわる?」
どうしようもない空気になったが、その子が遠慮がちに聞いてくれた。
「噛まない?」
「噛まないよ。」
俺はそろりと近づいた。猫よりもその子に緊張している。同じ姿勢でしゃがんでみると、俺よりひとまわりは小さかった。猫じゃなくて、この子がだ。
「飼ってるの?」
「ううん。」
「仲良いの?」
「……うん。」
俺の目を見て微笑んだ、そのときの「うみ」の顔。あんまりにもきらきらしてて、鮮やかで、死ぬまで忘れないだろう。
「……あのさ、君って女?男?」
ずっと気になってたこと。……すこしだけ残念ながら、男だったみたいだ。
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