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すると、1台の黒いミニバンが停まった。ずいぶんと速度を落として走ってきたので、少し警戒していたのだが。もしかしたら、早くも「追いかけて」きたのだろうか。だが施設の車の中に、このような車は無かったはずだが……それとも、もしかしたらこれは、職員の自家用車か……
「涼介くん?!」
助手席の窓から顔を見せたのは、驚いて目を丸くした佐伯先生であった。
「え……先生?なんで?」
まさか、先生にまで連絡がいって捜索にきたのだろうか。先生は慌てて車を降り、「待ってて」と窓から運転席に声をかけた。ああ、運転してきたのはきっと、俺と愛妻弁当をシェアしてくれてるあの強面の賢介さん……
「涼介くん……」
「先生、連絡いったの?」
「連絡?」
「俺が施設から逃げ出したって……」
そう言ったら、先生は「ふーーー」と息を吐いて、がっくりとうなだれた。
「君、脱走犯なの?いま。」
「え……うん。じゃあ先生、なんなの?」
「ただ単に散歩しにきただけだよ。」
「散歩?なんでこんなとこに?」
「なんとなくだよ。朝の散歩はたまにするから。今日はなんとなくここをコースにしただけ。」
「うっわ……怖。なにその偶然。」
「大バカ者!」
先生が怖い顔をして、耳をひっぱった。でも怒るのが苦手な先生の怒った顔なんてかわいらしいもんだ。耳はちょっと痛かったけど。しかしその様子を見てびっくりしたのか、運転席からヤクザ………じゃない、賢介さんが降りてきた。
「しの、どうした。」
「賢介くん、この子脱走してきた。まったくもう、信じられん。」
「まあまあ……ああ、涼介くん、はじめましてだな。」
ニヤリと笑う顔も悪そうだけど、生で見るとなかなか渋くてかっこいいおじさんだ。
「あ……はじめまして……って気もしないですけど……賢介さん。」
「ははは、俺もだよ。涼介くん、お腹減ってない?そこのコンビニでなんか買おうか。」
「はあ・・・。賢介くん、適当に買ってきて。僕は今から藤岡さんのところに電話するから。涼介くん、ここまでどうやって来たの?」
「タクシーでふつうに。4千円くらいだったから、購買用の小遣いで……」
「藤岡さんに何か言いたいことは?」
「ごめんなさい。」
「よろしい。」
携帯がなかなかつながらなかったようだが、3回かけ直してようやく出た。相手は夜勤の職員で案の定大騒ぎの最中だったらしく、「はい、涼介くんがいたので捕まえました。」と先生がいったら、先生もびっくりして肩をすくめるほどの悲鳴のようなものが携帯から漏れ聞こえた。それからすぐに藤岡さんも出た。いつも9時から出勤してくるのにこの時間にいたということは、藤岡さんの自宅にまで連絡がいき、大慌てでやって来たからであろう。佐伯先生が経緯を説明しているあいだに賢介さんが戻ってきて、「車の中で食べよう。」と言ってサンドイッチやおにぎりやお菓子、お茶のペットボトルが入った袋を胸の前でかかげた。
「あとこれは、うみくんの。」
そう言うと、俺のと同じ菓子とペットボトルを花束の脇に置きにいった。
「ごめんなさいとのことです。」
佐伯先生が代弁してくれている。
「そうですか……いえ、わざわざ届け出ることはないでしょう。また面白おかしく騒がれるだけですから。ええ、落ち着いていますよ。……ええ。わかりました。はい、それではのちほど。」
先生が通話を終え、俺はさすがに少し身構えた。怒っても怖くないけど、怒られることにかわりはない。
ドアを開けたままの後部座席に外向きに座り、さーてどうくるのかな、とビビりつつ構えてた。でもドアの横に立っている賢介さんが、俺の肩に手を置いてくれている。先生はつかつかと歩みよってきて、携帯をポケットにしまう。いまは俺の方が背が高くても、やっぱり先生の先生らしいオーラには圧倒される。
しかし次の瞬間、俺の視界から朝焼けが消えた。
「よかった、ここにきて。」
先生が座る俺を抱きしめている。
「うみくんが呼んだんだね。」
俺の肩の横で、先生が小さく鼻をすすった。
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