Cold hands, warm heart.

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 目がくらむような高いビルの上から、わたしは眼下に広がる街の明かりを眺めた。三十八階の夜景には、色とりどりに輝く、家やオフィスビルの明かりが見える。そのひとつひとつに、人生があり、命が宿っている。そう思うと、わたしは昔からどれだけ長く乗り物に揺られることになっても、ただ黙って窓の外を見て大人しくしているだけだったというから、両親も大層楽をした……と言っていたのを思い出した。  とかく人間というのは、自分本位にモノを考えがちだし、自分が世界の中心になっていると思ってしまう。それはただ徒に年を食えば食うほどに強くなるらしくて、区役所の窓口やファストフード店のレジカウンターで悪態をついたりしている老人の姿を見たりしていると、その人達は残り少ない人生を懸けてわたしたちのような若者に「こんなつまらない人間にはなるな」と教えてくれているような気にさえなってしまう。わたしが、たとえどれだけフレンドリーな人間でも、そして、いくらこちら側が「お客様」だとしても、店員や公務員に気軽にタメ口を使う人物を好きになれないのは、そんな様子を幼い頃からたくさん目にしてきたことによるものなのだと思う。 「あのさ」  ふいに、後ろから声をかけられた。振り向くと、新雪が降り積もったように真っ白なダブルベッドに身体を横たえて、頭の後ろに手をやりながら、西川(にしかわ)さんが微笑んで、こちらを見ていた。 「なあに」 「さっきから窓の外ばっか見てるけど、立花(たちばな)、高所恐怖症だっけ」  まあ今更言われても遅いけどな、と西川さんは笑っていた。わたしは「ない、ない」と言いながら、手をひらひらと振って、ベッドの方へ歩み寄る。そっと、西川さんの隣に、自分も身体を倒した。ぴしっとノリがきいたシーツが擦れる音が気持ちよかった。 「景色を眺めるの、好きなんで」 「そうか。苦手だったらどうしようかと思った」 「西川さんが、好きで選んだんでしょ。ここ」 「ナントカと煙は高いところが好きって言うからな」 「西川さんはバカじゃないと思うよ」 「誰もバカとは言ってないだろう、こら」  こちょこちょと西川さんの手が、わたしの脇腹をくすぐってきた。男の人らしい大きな手だけれど、爪のかたちはまるで女の子みたいに、きれいな手だ。その手がわたしの身体に触れるたびに、まるで雫が水面に波紋をつくるみたいに、ぽわんと熱を帯びて広がってゆくのがわかる。でも、くすぐったくて、わたしは身をよじりながら、くすくすと笑い声を洩らす。
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