Cold hands, warm heart.

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 西川さんは、わたしの勤めている会社の上司だ。年はわたしの四つ上で、旧帝国大学ではないにせよ、そこそこレベルの高い国立大学を出ているという。テレビの中で甘ったるい台詞を大安売りしているアイドルタレントと違って、見た目は別に良くも悪くもない。ただ、仕事がバリバリできて、わたしたち部下の面倒もよくみてくれる、どこにでもいそうで実はあまりいないタイプの上司といえる。  わたしたちが勤めている会社は、一応は大手企業と呼ばれる、地元資本のバス会社だ。わたしも西川さんも大卒でこの会社に入社していて、職種的には総合職として採用されている。八割が乗務員や整備員、一割が運行管理系や一般職の事務員、そして残りの一割が総合職という割合だ。運行営業所の所長や本社部門の管理職など、いわゆる幹部社員になれるのは、総合職採用の人間のみ。そういう触れこみの下で採用活動が行われてきて、それに通過してきたわたしたちは、当人たちの自覚はさて置いて「幹部候補生」としての役割が期待されている。  わたしが配属されているのは、運行営業所などの現業部門ではなく、それを統括する管理部門の部署で、運行路線の新設や廃止、利用促進のための広告宣伝の計画、バス停留所や待合室の修繕管理などを行う部署だ。わたしはまだ新人に少し毛の生えた程度であって、西川さんはわたしがいるグループを統括する、係長職にいる。  はじめに、わたしが西川さんに抱いた印象は「なんか、この会社の人にしては、のんびりした人だなあ」という程度だった。いつも人懐こく笑っているし、話すこともなんとなくウィットに富んでいたり、二人で社用車で外回りに出た時も「なあ、立花。どっかで甘いもん食ってから帰ろうぜ」と率先してサボりをけしかけたりしてくるから、あまり仕事には真面目に取り組んでいないんじゃないかと思った時もあった。  しかし、西川さんがすごいのは、そんな様子を見せていても、いざ決めなければならない時には、確実にびしっと決めてしまうところだ。稟議決裁が電子化されていないこの会社では、偉い人までハンコをもらいにいくというスタンプラリーをしなければいけない。もちろん、わたしたちのような下っ端は否認されることもあるのだけれど、西川さんは納得のいかないことを言われたら決して退かずに、相手を口で完膚なきまでに言い負かすのである。
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