100年先からSOS

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兼ねてからの夢であった総理大臣という座にのし上がった私は、任期一年目にして既に最大の危機を迎えていた。赤い絨毯で敷き詰められた私の執務室。そこに突然スーツ姿の中年男が現れたかとおもえば、そいつは額を床に擦り付けたのだ。 「総理!!どうか未来をお救いください!!」 いつの世も奇人変人というのは一定数いて、どういうわけかそういう連中は著名人というやつに群がる傾向にある。もちろん、この手の頭のおかしい輩の相手をするのは初めてのことではないし、本来であればとっととSPを呼んで強制撤去、もしくは受付で門前払いが関の山だが、今回、私がそれをしなかったのは理由がある。まぁ、しないと言うよりはできなっ方というべきか・・・。なにせ男は何もないはずの空間から、まばゆいばかりの光と共に突然現れたからだ。それも、タイムマシーンですよと言わんばかりの大層な機械を引き連れて・・・ 「ひとまず顔をあげていただけますかな?」 今の声は私ではなく、私のそばに控えていた秘書である。名を竹下といい、この地位に就くために随分と世話になった。 「はっ。ご厚情痛み入ります。私、今より100年後の未来で国防省の任を担っております。熊谷と申します。本日は総理に折り入って頼みがあり、馳せ参じました」 自称未来から来た国防省の男は鼻から蒸気出すほどの使命感に燃えているようで、その事実が私の顔を苦いものにする。 さて、どうしたものか・・・。 『100年先からSOS』 「なるほど。ひとまず事態は理解致しました」 何はともあれ詳しい話を聞いてみないことには何も始まらない。そう思って私と竹下は熊谷の話に耳を傾けると、それはありそうといえばありそうなSFチックな話だった。 「まとめますと、これより100年後に巨大隕石が地球に急接近を始めましたが、非武装化が進んだ未来ではその隕石を止めるだけの手立てが無い。ならば、100年前、つまり現在の我々が住む時代に戻って着々と準備を進めれば、未来では隕石に立ち向かうだけの準備が出来ていると・・・。そんなところでよろしいですかな?」 「さようにございます!さようにございます!」 竹下が事の顛末を掻い摘んでまとめ上げると、熊谷は間髪いれずに相づちを入れた。 「にわかには信じられませんね・・・」 同感だ。恐竜の滅亡には隕石の存在が一役買っているなんて話は聞いたことあるが、それを信じるかと言えば私はNOだ。 「すこし、お時間を頂いてもよろしいですかな?」 竹下は私のそばに近寄ると、熊谷には聞こえないように耳打ちした。 「どうおもいます?総理?」 どうと言われても困ったものだ。世迷言の類なら無視を決め込むこともできようが、熊谷は未来人である証拠を見せつけるように何もない空間から突然現れるという奇跡を見せたのだ。邪険にしようものなら国民的アニメの青ダヌキよろしく未来の秘密道具で何かしてきそうで怖い。 「では、まさか?本気でミサイル作りを始めるつもりですか?今のご時世にそんなことをすれば国民の支持率は地の底へと転げ落ちますぞ!」 それも理解している。だが、もし本当に未来を救うためにミサイルを作る必要があるのなら、それは総理である私の責務だと思う。とはいえ、熊谷の言っていることが真実かどうかは判断できないうちには何とも言えないが・・・。 「総理!考え直して下さい!あなたをここまでのし上げるのに私がどれだけ苦労したか!まだうまい汁の一滴も吸えてないのに失脚なんて困りますぞ!」 それは知らん。というかそんな邪な考えでお前は私に付いてきたのか・・・。ファンタジー盛り盛りの未来の隕石なんかより身近な人間の本性の方がよっぽど衝撃だった。 「どうしてもというなら私は総理の秘書を下ろさせていただきますぞ!共倒れは御免です!」 別に、私はまだ決断を下したわけではないのだが、竹下には私の意志がミサイル作りに傾いているように見えるらしい。そそくさと何やら紙束らしきものを取り出したかと思ったら、目の前に突き付けられた。 「もし、ミサイル作りをするのであれば、これを受け取ってからにして頂きます!」 紙束には達筆な字で辞表と書かれている。国事行為もひいては仕事であり、保身に走る竹下の考え方がわからんでもない。唯一わからんのは、竹下が普段から懐に辞表を潜めていた事実の方だ。なにこいつまじで。 「あのぉ・・・」 遠くでいがみ合う我々を見て、熊谷はおずおずといった感じで話を切り出した。 「私は、なにも今すぐにミサイル開発を進めてくれとお願いにしに来たわけではないのですが・・・」 「任期中に舵を取るのであれば、遅かれ早かれ同じ事ですよ」 「いえ。実はそうでもなくてですね・・・。今から三年後、総理の見事な手腕で日本は再び高度成長期を迎え、アメリカを追い抜いて世界のトップへと躍り出るんです」 「・・・はぁ?」 竹下は突拍子のない声を上げたが、私も熊谷が何を言っているのか理解できない。 「疑われるのはわかりますが、全て本当のことです。総理はこれから数々の素晴らしい政策を生み出し、日本の再興を実現させるのです。私がわざわざ100年前の日本にタイムワープしてやってきたのも、総理であれば国民感情に沿った形で平和的に日本の武装化が可能だと考えたからでございます」 良く考えると確かに変な話だ。たかだか隕石一つの為にタイムマシーンを作れるほどの技術力を持つ未来から、100年も前に戻る必要があるだろうか?正直、人類がその気になれば10年もあれば隕石どころか惑星だって破壊できそうな気もする。今更ながらとんでもない話だが・・・。 「ええ。その通りでございます。我々は総理にミサイルを作って欲しいのではなく、ミサイル作りの道しるべを示して頂きたいのです。未来では武装化なんて国際問題になりかねないデリケートな問題です。実際に隕石が近づいていても、どこかの誰かが武装化を進めるために話をでっち上げたのだと聞く耳を持たないわけです。その点、日本を世界のトップまでのし上げた三年後の総理の国民支持率はなんと驚異の99%!国民も思うことはあるかもしれませんが、少なくとも反対運動には至らず、平和的に武装化が可能だと考えたわけです」 未来の私はどうやら相当優秀らしい。今の私も、もちろん日本を良くしたいとは思っているが、そこまでできると思うほど自惚れてはいない。この三年間で私の秘められた力でも覚醒するのだろうか?私は自分の手のひらをまんじりと観察してみたが、やはりそれは手の平でしかなかった。 「なるほど。そう言うことですか・・・。まぁ、我々も日本の未来の為とあっては武装化もやむを得ないと総理と話していたところです。ぜひ大船に乗った気持ちでお任せください」 私の元秘書は堂々とした口振りで熊谷と接しており、いつの間にか私の手中にあったはずの辞表も奴の胸ポケットへと返っていた。いや、せめて捨てろよ。 「そう言っていただけると信じておりました!!『国を治める地位につくものは寛容にして寛大でなければならない。すべての国民の声を聴くことはできないが、その努力はできる』この言葉を通りですな!」 「ほー。誰か未来の著名な方の一説か何かですかな?」 突然格言めいたことを言う熊谷に竹下が反応すると、意外な返答が返って来た。 「何を言いますか!三年後に総理が出版される「総理の品格」の一説でございます」 うわー。できれば常に謙虚で有りたかったけど、三年後の私は随分調子に乗ってしまっているらしい。さしもの私も少しだけ顔に朱が入る。 「な、なにはともあれ、三年後の総理に武装化をほのめかすようなことを言っていただければ、一件落着ですかな?」 「そうなりますね」 まぁ。日本の急成長という大予言が当たれば、それこそ熊谷の言っていることが本当である証拠にもなるだろう。その程度であれば、私も構わない。 「ありがとうございます!!それでは私は未来に戻って状況の確認して参ります。また、大変恐縮なのですが、上手くいっていたとしてもこちらにお礼を言いに戻って来ることはできません。未来の人間が過去に戻って干渉することは非常に危険で、かつ禁じられておりますので・・・」 それはこちらも同じだ。これ以上未来人と交流を深めるつもりはないし、実際に要求に沿うことができるのは三年後だ。できればこれっきりになることを祈る。 「畏まりました。それと言っては何ですが、必ずや総理の偉業を後世に残すべく、此度の出来事を歴史書に残させていただきます!」 正直、どうでもいい。好きにしてくれと言ったところだ。 「最後になりますが、重ねてお礼申し上げます。では!」 熊谷は巨大なタイムマシーンに乗り込むと、来た時と同じように煌々と周囲を照らしながら帰っていった。 「・・・まだ、狐に包まれたような気がいたしますな」 まったくだ。コーヒーでも入れて一息入れたいところだな。 「すぐに、用意いたします」 竹下が給仕を呼ぼうと備え付けの受話器に手を掛けると、忘れようにも忘れられないあまりにも見覚えのある光彩が再び部屋中を包んだ。 「おや?帰ってきましたぞ」 おいおいここまでやって上手くいかなかったのか?私は不安を募らせ、熊谷の姿が実態になるまで目を細めて見ていたが、光は一向に収束することは無く、それどころかどんどん勢いを増していく。 「のわー。なにごとですか!?」 輝きは既に直視できないほどのものとなり、私たちは事態が収束するのをじっと待った。そして、そろそろかとゆっくりと目を開けてみたのだが、そこに熊谷はおらず、その代わりと言った具合に、4人の未来人が待ち構えていた。 「総理!どうか200年後の未来をお救いください!」 「総理!どうか300年後の未来をお救いください!」 「総理!どうか400年後の未来をお救いください!」 「総理!どうか500年後の未来をお救いください!」 たった今、後世に残したい言葉が決まった。 『未来人お断り!』
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