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下ごしらえ
文学学校に通う婚約者を見送った俺は、片付けを始める。
あぁ、そういや自己紹介ってもんが必要か……。俺は海野健次。はぐるまという喫茶店を経営している50近くの男だ。20くらい離れた婚約者、白浪奇子と同棲している。
「ふわぁ……はぁ……。早起きは苦手だ……」
あくびをして身体を伸ばすと、着物が良く似合う女が俺の前を浮遊する。
『前は9時でも早起きなほうだったものね』
浮遊しながら茶化すように言ってくるこいつは、ヤオ。お節介な八百万の神で、この建物に住み着いている。
「昔の話だ……」
そう言って厨房に行けば、笑い声が聞こえる。俺は素知らぬふりをして、洗い物を終わらせる。
ひと段落すると、俺はカウンター席に座って長年愛煙しているジョーカーカオスに火をつける。煙を吐き出せば、メープルのような香りが珈琲の香りと混ざり合う。
『あら、珍しいわね。いつもなら2度寝するくせに』
「あぁ、今日はやるべきことがあるからな……」
『何をするつもりなの?』
ヤオは目を輝かせながら前のめりになって聞いてくる。こいつと知り合って10年近く経つが、こういうところは未だに理解出来ねぇ……。
「さてな……」
素直に答えると面倒なことになるのは分かっているから、適当に答えて煙を吐いた。
『分かった、奇子ちゃんにプロポーズするんでしょ!』
図星をつかれて、俺としたことが煙草を落としてしまった。
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