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ずっと荒れ狂っていた海は、あの日を境に、嘘のように穏やかになった。
母が私の代わりに、海の神に捧げられたからなんて、思いたくはないけど…
母の言葉で、私の記憶にずっと残っているものがある。
『どうかこの子が私に似ることなく、与助に似ますように』
恐らく、私がまだ母のお腹の中にいる時に、母が願った言葉。私は、母の願い通りに母とは違う、黒髪で黒い瞳で生まれてきた。そのお陰で村の人達からは、ほとんど嫌がらせは受けなかった。それは母亡き今も変わらない。
だけど私は、母のようなキラキラ輝く金色の髪や、父に宝石のようだと言わせた、美しい緑色の瞳が欲しかった….…。
だって、次なる災いが起これば『異形の女の子供』と、手の平を返されるのだから。
母が亡くなって数年が経ち、私は母が亡くなったあの日と同じように、再び白装束に身を包み、崖に連れて来られていた。
「ここ数ヶ月、雨が全く降らず、畑も田んぼも干上がってしまった。だから、海の神に頼んで雨を降らせて貰う。お前はその生贄になってもらう」
村には他にも、私と同じ年頃の女性はいる。それでも選ばれるのは私。異形の女の子供だから。
両手両足の自由を奪われた私は、村人に両脇を抱えられて立たされた。その瞬間、村人の手を振り切って、弥彦が私の前に飛び出してきた。
「鶫を海に落とすなら、俺も一緒に落としてくれ!鶫を助けられないなら、せめて一緒に…」
弥彦は小さい時から、ずっと私の傍に居てくれた。私は弥彦を男として好きで、弥彦もまた私を偏見の目で見ること無く、一人の女として好きになってくれた。
私がこうしてここに連れてこられる時も、たった一人で村人に立ち向かってくれた。
沢山痛めつけられて、どこかに閉じ込められたと聞いたのに、私の為に更に傷や怪我を増やして、ここまで来てくれた。
そして、私と共に行くと言う。
嬉しい
けど、そんなのは駄目
「弥彦、もういいから逃げて」
私がそう言うのと同時に、私の横にいた男が、弥彦の腕を掴んで、崖の端まで引き摺って行った。
「そんなに死にたいなら、お前から死ね」
弥彦の体が、崖の端でバランスを崩すのが見えた。
「!!!!!」
弥彦が世界から消えてしまう、そんな恐怖で、私は声を発することさえ出来なかった。
弥彦の命まで奪わないで!
私はギュッと目を閉じて、声にならない叫び声を上げた。
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