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あの一件以来、村長達が押し掛けて来る事はなかった。
翡翠とはお互いに、言葉が通じ合う事は難しかったが、身振り手振りで伝えたいことは、きちんと伝わっていた。
村の中へは翡翠は入れないから、村からの食料の調達は俺が全てしていた。水も、俺がいる時は、村の井戸から俺が汲んできた。
しかし、俺は漁師だから、時に長く家を空ける時もあり、そんな時は食料は保存食のようなものを多く準備し、水は人の目につかない夜中か早朝に、ひっそりと汲みに行くように翡翠に教えた。
そんな決まり事を作りながら、俺と翡翠は、村の連中に煙たがれられながらも、平穏に生活を続けていた。
そして、一年が過ぎようとしていたある日、俺が1ヶ月振りに家に戻ると、戸を開けた途端に翡翠が飛び出して来て、俺に抱きついてきた。
その額からは血が流れていた。
「翡翠!これは?これは誰にやられた?!」
俺が聞いても、翡翠は小さく首を振るだけだった。
「与助…オカエリ。アイタカッタ」
翡翠は両手で俺の顔を包んで、嬉しそうに微笑んだ。
瞬間、俺の目から涙がこぼれ落ちた。
俺がいない間、きっと村の連中に嫌がらせを受けたのだろう。だけど、そんな事は一言も口にせず、ただ俺に会いたかったと言い、辛い様子も見せずに微笑んでくれる。
駄目だ。
もう、不釣り合いだとか、歳が離れているだとか、そんな事は考えてなどいられない。俺は翡翠が愛おしい。たとえこの先、この俺の行動で、翡翠が苦しむ事になったとしても、俺は翡翠を手離したくない。
俺は翡翠を抱きしめた。
翡翠は俺の想いに応えるように、俺の背中に手を回して来た。
俺を見上げた宝石のような緑色の瞳と、俺の黒色の瞳が重なって、俺と翡翠はどちらともなく、顔を近づけた。
そうして間もなく、俺達は夫婦となった。
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