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はやる気持ちを押さえて、ゆっくりとまた彼女の頬を撫でた。名前を呼べば呼応するかのようにまぶたが開く。
「フミコ!」
「……ぁ」
しかし少女の目には俺が映っていないようだ。俺だけではない、きっと何もかもだ。はやった気持ちが悲しみで冷える。
角膜が混濁した少女の両眼に、周りの景色はどこまで見えているのだろうか。
「……だれ?」
その時初めて俺は自分の呼び名にとまどった。彼女のことは一目見て「フミコ」と分かったのに、自分が何て名乗ったら良いのか俺は知らない。
「俺、俺は……」
続く言葉はどう頑張っても見つからず、ただ頬を撫で続けていた。
だが目の見えていない少女はそんな俺の腕に触れ、少しだけ微笑んで言ったのだ。
「フミヤ?」
そうだ、俺は「フミヤ」だった。
俺が彼女を「フミコ」だと分かっていたように、彼女も俺のことを知っていた。
フミコはすがるようにしがみついてきた。抱き直すと体の全てを預けてくる。
「見えない、何も見えないよフミヤ。ねえ、どうなってるの!?」
何もかも滅茶苦茶だと首を振りたい。だけど見えないフミコにそのジェスチャーは伝わらないから、辛いけど言葉にする。
「周り一面、ボロボロだ。俺たちは壊された」
「み、んな……は?」
それが一番口にするのが辛い。
「誰もいない。もう俺たち二人だけだ」
ひゅっとフミコの喉が鳴った。しがみつく腕に力が入る。
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