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◆◇◆◇
――なあ、乱市。この世にはな、百パーセント完璧な人間なんざ、いやしねぇんだぜ。
だから、人間ってのは楽しいんじゃねーか。
一体、何が面白いのやら。
ウチの親父――漢方薬局九十九屋の店主・九条 幹は、その日、見ているこっちが虫唾の走るくらい快活な笑顔を向けて、そう断言した。
(あれは……そう、俺がマドカになんかの勝負でズタボロに負けて、ぶーたれてた時に言われたんだっけか)
俺が憶えている中では、わりと初期の方の記憶にあたる親父の名(?)台詞。それを何故、今になって思い出したのか?
その理由は恐らく、現在行われているバスケのクラスマッチで、幼馴染兼同級生のマドカが阿呆みたいに活躍しまくっているのをコート脇で観戦しているからだろう。
(は? アイツ、突進してくる有象無象のゴボウ抜きからのスリーポイントシュートをまた決めやがった。しかも、顔色ひとつ変えやしねえ。ちったあ手加減しろ、手加減)
マドカがボールを拾えば最後、その試合はもれなく奴の独擅場と化す。
ドリブルさせれば、敵味方問わず、他人に球を触れさせることは絶対にない。こぼれ球やリバウンドは、まるで空のハンターである鷹にでもなったかのように、取り逃すことなく必ず拾う。シュートはゴール手前だろうがスリーポイントだろうが、ダンクだろうが高確率で入れちまう。
試合が始まってものの五分で、プロ対アマの対戦かと思わず疑うような試合展開となり、相手チームは既にお通夜ムードと化している。
(よお、親父殿。完璧な人間ってのは、やっぱいるんじゃねーのか? だから、一方的な展開しか予測できないこの試合は、面白くねえんだけどさ)
敵無しな上に、味方のフォローも必要としない完璧なプレーヤー……というか、こりゃあもうバーサーカーじゃねえのかと思わせるプレイスタイルのマドカを眺めながら、いつだかに、『百パーセント完璧な人間なんざ、いやしねぇ』と豪語した親父に向けて胸中で反論した。
マドカは幼い頃から運動神経がバケモノ並に優れていて、スポーツ万能だ。
だが、如何せん運動能力が人並外れて高いせいで、敵も味方も関係なく、奴にまともに着いていける人間が極端に限られてしまう。だから、どんな競技であれ、基本的にワンマンプレーしかできないマドカの出る試合は、ご覧のとおり酷い有様となるのが常だった。
スポーツというのは、ピンチだのチャンスだのがあるから面白いのであって、こんな風に特定の人間の独擅場になった上に、圧倒的な点差が開く試合なんて、ドン引きもいいところじゃないか。
(はー、やだやだ。タダでさえ、クラスマッチなんてかったるいモンに付き合わされてんのに、マドカのせいでつまんなくなる試合をあと何試合も観せられるハメになっちまうんだろうな)
そう思うと、この、コートにいようがいまいが、何もすることのできない状況というのはあまりに暇すぎて、不毛でしかない。
クラスマッチが始まって、三十分と経っていないが、もうサボりたくてしょうがねぇや。
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