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第1部 第1話 ラブラド国とボリビア国の王子
1、お忍びデート
激動の時代。
中原の小国はこぞって覇権を争い、戦を繰り返し、強いものに飲み込まれていた。
その一つは、しなやかでありながら強い鉄の精製技術を先んじて他を圧倒する強い武器を手に入れ、中原統一を掲たボリビア国である。
うまく隣国と友好関係を築いて立ち回り、独立を維持している小国もあった。
そのひとつ、ラブラド国。
ラブラド国は芸術や文化が花開く、近隣諸国の憧れの平和を愛する国である。
この物語は激動の時代のボリビア国の王子オブシディアンとラブラド国王子ラズワードの物語である。
ラブラド王国の王子ラズワードは、お守り役のジュードと、彼らの住む城を抜け出していた。
城下は綺麗に石だたみが敷かれた道に、白い塀の家々や王都住民の生活を支える、様々な店が連なっている。
王都を囲う城壁の東西南北に大きな市場があり、ラブラド国民の胃袋を支えている。
今夜は、街は収穫祭でおおいに賑わっていた。
町中がカボチャで飾り付けをしていて、今年の豊穣を祝い、実りをもたらしてくれた神々の愛に感謝するのだ。
この時、ラズワードは16歳。
お忍びでお城を抜け出すのが大好きである。
鮮やかな金髪を、無造作に三つ編みにして花を飾る。
衣服は町娘に溶け込めるように、女装をしている。
装飾をできるだけ少なくしたシンプルなワンピースで、その首には、薄い金属のチョーカーを付ける。
これは奴隷の印である。
ラブラド王国は一部奴隷制度を残している。
彼らは主に他国から売買されてきた奴隷で、その仕事内容はさまざま。
家事介護などを含んだ肉体労働から、寂しいお金持ちの話し相手や閨の相手まで、主人の要望に応じて、その仕事を果たす。
学校に行くものも多いし、その能力を買われて、ラブラド国の政治や軍部の中枢に入る者もいる。
奴隷たちは、主人の家の家紋の彫られた首飾りかブレスレットを身に付けるのが慣わしである。
王子ラズワードのお忍び衣装は、そういった奴隷である印をつけた、娘の格好である。
奴隷の印があれば、町ではありふれたものとして、主人のお使いか何かと思われて、どこに行こうとも、誰にも咎められることはない。
王子であるよりも何百倍も自由である。
ラズワード王子は注目されないで存分に楽しむことができる、女装の奴隷姿でのお忍びが大好きだった。
今夜は収穫祭なので、町にはたくさんの出店や芸人たちが溢れて、あちらこちらで楽しい笑い声と歓声と、美味しそうな匂いと、着飾った町の人々で、陽気に賑わっていた。
手を繋ぐ恋人たちも多い。
彼らは顔を半分隠す仮面を被って、気取っている。
相手の知らない別の顔をして、恋人と再度出会い直して恋をするのだ。
ラズワードも顔を真っ白いフクロウの仮面で隠していた。
恋人たちをみると、いいな、と思う。
ラズワードは将来ラブラド王国を継ぐ第一王子である。
政略結婚になるのは確実であり、自由な恋愛など夢のまた夢の話である。
宰相の息子である二つ上のジュードはあまり気乗りのしない感じではあるが、付いてきてくれている。
ジュードはお目付け役であり、ボディーガードでもある。
端正な容姿のジュードは、10歳の時に顔合わせをしたときから、片時も離れることなく、ラズワードの横にいてくれている。
こうして町に抜け出せるのも、ジュードがつくなら、という条件つきで許されたお忍びである。
大人たちの、ジュードへの信頼は厚い。
彼はラズの双子の妹セレスの結婚相手の候補の一人でもあり、彼の従兄弟でもあった。
その彼もシンプルな黒い仮面。
「ラズ!そんなにはしゃぐなよ!」
ジュードが声を掛けるもむなしく、ラズワード、愛称ラズは、躍りの輪に巻き込まれていた。
町の娘や若者、子供たちが、複雑なステップを踏んで、陽気な音楽で踊っていた。
ラブラド国の伝統舞踊の、その足だけバージョンが、王国内ではよく踊られていた。
「僕も踊る!ジュードも一緒に踊ろう!!」
ラズは自分が今、女の子の格好をしていることも忘れて踊り出す。
激しいステップには男女別にバージョンがある。
ふわっと空気を含むスカートに足をとられてラズはバランスを崩した。
倒れる!
と思ったとき、ラズは強い腕に抱き止められた。
ギュッとつむった目をおそるおそる開けると、黒髪の若者がいた。
顔の半分を隠す、鷹の面を着けてはいたが、仮面の奥で黒い瞳が優しく笑いかけていた。
抱きしめられ、若者の仕立ての良い黒い服に顔が押し付けられる。
ふわっと嗅ぎなれない、異国のどこか危険な香りが鼻孔をくすぐる。
「あ、ありがとう、あなたは?」
「わたしはシディ。ラブラドの娘はお転婆なのだな!」
「ごめん!はしゃぎすぎた!」
ちらとジュードをみると、早く男から離れよ!と苛々とジェスチャーしている。
そうなると、よけいに離れたくなくなった。
大人しく育ちのよい優等生の王子にようやく訪れた反抗期のようなものかもしれない。
とにかく、今夜はもっと踊りたいのだ!
「あなたもどお?踊らない?」
男はまさか、というふうに断るが、ラズワード王子はそれにかまわず強引に踊りの輪に引き込んだ。
「簡単だよ!楽しく跳ねるだけだから!」
今度はラズはスカートをたくしあげての女性のステップ。
鷹の男も観念して、適当に気のなさげなステップを踏む。
いかにもしぶしぶ付き合わされている感満載である。
「そんなんじゃ、駄目だって!もっと弾けなきゃ!あなたは見た目より年寄りなんだ?」
ラズは笑顔で、さらに激しく石畳を踏み、跳び跳ねる。
「若者だ!」
黒い鷹の男もむきになって激しく足を踏み鳴らした。だが、半分見える端正な口許は笑顔である。
踊りの輪の中でラズと男は、自然と目を引かずにはおられないかった。
ラズは煌めく金髪をなびかせて、足だけでなく全身で踊る、正当派のラブラドの伝統舞踊になっていた。かなり崩したものだったが。
ラズのパートナーの男は切れのあるステップでさわやかな身のこなし。
(わお。この二人は何者かしら!素敵)
あちらこちらでムラ娘の溜息が漏れる。
ステップを真似て跳び跳ねる子どもたち。
ひとしきり踊って、二人は汗だくになっていた。
そろそろジュードが心配すると思い、ジュードの姿を探そうとしたとき、不意にラズは手を引かれて踊りの輪から外へ、細い路地に引き込まれた。
「あなたはとても楽しいな。名前はなんという?」
男はついとラズの仮面を取った。
意外なほど美しいブルーグレイの瞳の、まだ幼さは残すが将来とても美しくなる片鱗がすでにうかがわれる娘が現れる。
「ラズ。あなたは?あなたの踊りは、強そうだ!」
強そうと表現されて、男はははっと笑う。
祭りの陽気に浮かれて何もかも忘れて踊ったせいか、異国の男はこんなに楽しい時間を過ごしたのはは久々だった。
「わたしはシディ。今度はいつあなたに逢える?」
娘は複雑な、だが悲しそうな表情がよぎる。
「明日?確実なのは来年の祭の間?」
まじまじと男はラズの顔を見た。
「あなたには自由がないのか?祭りの間しか時間がないのか?」
ラズは、自由がないと言われてその通りだと思った。
男は続ける。
「では明日、この時間でここでまた。
あなたのナイトを巻いてきてくれ。踊っている間ずっと睨んで俺をみていた。
どうも、わたしと踊るのが気にいらないらしい」
そういいつつ、男はラズに軽くキスをする。
「約束のキスだ」
ラズは唇にふわっと触れた男の温かく、柔らかい触感にびっくりする。
ラズを残して黒い鷹の男は路地奥に消えてしまう。
目付けのジュードがラズを見つけるまでの間、彼の消えた方向を向いたまま、呆然としていたのであった。
はじめてのキスであった。
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