2、浮かび上がる体の印

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2、浮かび上がる体の印

城下の町を駆け抜け、来た道を走り抜ける。夜も遅くなって、祭も終焉をむかえ、家路に向かう人たちと、ぶつかったり、ころびそうになりながらも、娘姿のラズは少し崩れた城壁の綻びから中に入った。 息を整え、見回る衛兵のタイミングを計る。王宮に入り、自分の部屋にようやくたどり着いた。 その部屋の前には仁王立ちのジュードがいた。 勝手に独りで抜け出したことに対して怒りまくっているのは顔を見ないでもわかった。 「ごめん、、」 目を合わせられず、顔を伏せたまま横をすり抜けて部屋に入ろうとする。 ジュードに肩を押さえられた。 「ラズワードさま、こんな遅くまで一人で城下ですか」 ジュードは責めるようにいう。 そのままその場で説教をしかけて、ジュードはただならぬラズの様子に気がついた。 ジュードは今度は押し込むようにして、ラズの部屋に入る。 彼の王子の様子が明らかに変であった。 お忍びの女姿の王子は、体を細かく震わせ、ジュードと視線を合わせようとしない。 ただならない様子に両肩をつかんで正面から見ようとした。 ジュードに背けようとするその顔は、走ってきたからだけではなく、真っ赤に上気していて、今にも泣きだしそうな様子である。 「一体何があったのですか!」 ジュードは自分のいない間に、何かその身に危険なことが起こったのではないかと想像し、血の気が下がる。 彼の王子の女装姿は贔屓目を差し引いても、美しい。 自分という護衛がいないばかりに、何かトラブルに巻き込まれたのかも知れなかった。 「わたしの体が変なんだ、、」 苦しそうに、ラズは言った。 ラズの体には、今もシディの唇に触れられたその感覚が、生々しく残っていた。 体を駆け巡った熱い熱は逃げ場を失し、くすぶっていた。 ほてるラズの体を目視でさっと確認し、ジュードはラズを風呂場に連れていく。 服は汚れも乱れもしていない。 怪我もなさそうである。 だか、最悪の事態を想像して剥ぐようにして脱がせる。 上半身を裸にする。10の時から一緒に育った王子の体は見慣れていたはずだった。 「これは、、、」 ジュードはその体を食い入るように見て、 絶句した。 その見慣れたはずの、少し幼さの残る男として完成しきらない、ま白い裸体には、赤い紋様が浮かび上がっていた。 花のような美しい紋様が胸から咲き、腹にさらにその先へ続く。 首にも続いていた。 妖しく愛を誘う、美しい体であった。 「わたしの体を鎮めて欲しい」 と今ここでラズが言えば、迷うことなく男同士の垣根も主従の関係も越えて、ジュードは抱いていたかも知れなかった。 ジュードのそれも、ラズの高まりに煽られて、連鎖反応を起こし存在を主に主張し始めていたからだ。 18のジュードには男だけではなく女に対してもそういう経験もまったくなかったのだけど。 その、恥ずかしさに顔を背け、体に起きた変化に戸惑う姿に、ジュードは目を離せない。 ジュードは、ラブラドの王族には性的に興奮すると体に紋様が浮かび上がる者もいる、という噂を思い出した。 だが、直ぐに正気に戻り、王子のズボンも脱がす。 あらかじめ湯をわかして準備させていた浴槽に肩まで押し込んだ。 「あの男と会ったんだ、シディと。キスしたら、体が変で、、」 ラズにとってジュードは頼りになる親友以上の兄のようなものだった。 訥々と話し出した。 話せばこの苦しさから解放されるような気がするのだ。 「そうしたら、体にこんな変な模様が浮かび上がってきたんだ。 わたしはどうなってしまったんだろう?苦しくて、死にそう、、」 昨日の黒髪の鷹の面の男。 自分に内緒で城を抜け出し、その男と性的に興奮する状況に陥る。 ジュードは不意にぎゅっと心臓をわしづかみにされたような苦しさを感じる。 ジュードにとって、王子はラブラド国内で将来の自分の地位を確保するための足掛かりであり、確かな親友としての繋がりを築きあげることが求められていた。 二つ下の王子は、擦れていず、素直でまっすぐで何でも正面からチャレンジし、自分を頼りにしてくれる姿がかわいいな、なんて思ってはいたが、その品行方正の王子がまさか自分の目を盗んで男に会いにいくとは思いもしなかった。 「わたしはどうなってしまったのだろう?」 再度、膝に顔を埋めながらラズはいう。 金糸のような長くて美しい髪が、ほどかれて湯に浮かぶ。 顔は湯と蒸気に当てられて、しっとりと潤い、内側から発光しているかのように艶めいている。 ラズの男の印もいつもより大きくなっていて、強い刺激を求めているのがジュードにはわかったがそれを彼の手で解放する勇気はなかった。 ラズワードが呼吸を整え落ち着くとともに、湯に透かして見たその体からは、次第に美しくも妖しい紋様は薄れて、立ち上がっていたものも、自ずと鎮まっていったのだった。 ラブラド国の王族はその生まれもった美しい容姿や肢体のみならず、情事においてもその相手を魅了してやまない体の秘密がある。 王国が近隣国に花と芸術の美国と知られているように、その王族たちも花のように愛でるために生まれてきたのかと思えるぐらい美しい。 体に花を咲かせるのは、ラブラド王家の長い歴史のいずこかで忍び込まされた、閨の秘密であった。 ようやく落ち着いて、湯を滴らせながらラズは立ちあがった。 兄弟同然に育ったラズワードとジュードの間には、何も隠すところはなかった。 湯に火照る無防備な体を、ジュードは大判のタオルで受け止めた。 がしがしと髪を拭く。 「これが母のいっていた体に咲かせる花のこと?ジュードの体もそうなの? ジュードも王族の血が流れているでしょう?」 ジュードの父はラズの父親の従兄弟で、王位継承権もある。 宰相である父の自分に対する密かな期待はあるが、ジュードにはまったく王位を狙う野心はない。この美しくて可愛い王子を無事に王にして、それを彼の横で支えるのが夢である。 ジュードは首をふった。 「わたしは直系ではないので出ないと思う。 ごめん、ラズ。その咲かせる仕組みはわからないけど、病気ではないから安心して」 そのままベッドに導き寝かせシーツをかける。 「だから、もうわたしに隠れて城を抜け出すような危険な真似をやめて欲しい。 何かあったら、王妃さまも、王様も悲しむ。だから、約束して欲しい。抜け出す時はかならずわたしを連れていって欲しい。あなたに何かあったらと思うと、心配で堪らないから」 「わかった、ジュード、本当にごめん。 どうかしてたんだ」 そのままラズは眠りに落ちた。 その手はしっかりジュードの手を握ったままである。 16でもラズワードは年の割りに幼いと思う。おぼこいのだ。 ジュードをはじめ、多くの者たちに守られて何不自由なく、真綿にくるまれるように育ったからかもしれなかった。 王子でそれはないだろうと言われるかもしれないが、厳しく戦士のように鍛えあげるにはラズワードは華奢で優しすぎると思う。 名残惜しくはあるが、握られるその手をそっと離して、ラズの首にはずし忘れている奴隷の印の輪をカツンと外す。 王家の所有の印の藤の花の刻印が全面に施された、美しい細めの首輪。 その柄を見れば、どこの家の所有かわかるようになっている。 王家が所有している奴隷も、腕か首かにつけている。 ラズが変装用に使うのは密かに手にいれた、本物である。 ラズは感じてはいないかもしれないが、ラブラド王国の周辺は非常に騒がしい。 同盟を結び合い、結束を固めている。 というのも、中原の端の小さな小国が、ここ10年数年の間に他を圧倒する強い軍事力背景に、めきめきと頭角を現していた。 そのひとつボリビア国は、接する国に自国の旗を立て始めている。 ラズが成人して王位を継ぐ数年後は、時代はラズが思うほど平和ではないかもしれないと、ジュードは感じていた。 もしくは、まるっきり自分たちを取り巻く環境が変わっているかもしれないと思う。 うまく立ち回らなければ、ラブラド国は大国に飲み込まれ、全く別のものに作り替えられているかも知れない。 兄弟に対する親愛の情以上のものを、ジュードが感じ初めていることに、まだジュード自身気がついていない。 ただ、激動の波にラブラド国が巻き込まれたとき、このたおやかな少女のような王子を盾となり命をかけてでも守る覚悟はあった。 安心して己の手を握って眠る信頼だけで十分であった。 ジュードがラズを一生かけて守ると決意したのは、この頃であった。
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