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「あなたを見たときから、わたしの心はとらわれてしまったのです、、」
とうとうとアズワール王子のセレスへ愛の言葉が続いている。
二人は王宮の庭を歩いている。
いい加減にラズワードもうんざりしてきた。
なぜに妹が自分と替わりたがったか、理解できる。
「あなたのお気持ちは嬉しく感じるのですけれど、、」
最後まで言い終わる前に、ぐいっと手をつかまれた。
赤毛のアズワールは、否定の言葉は全く素通りさせている。
「今回はイエスのお返事をいただくまで国に帰らない気持ちできました。
あなたは美しくて冷たく、まるで凍らせたバラのようだが、その冷えた心をわたしの愛で溶かしてあげたいのだ、、」
アズワールはずいとせまる。
ラズは台詞の陳腐さに思わず赤面する。
赤面をアズワール王子は良いように解釈した。
おめでたい王子だった。
「なんと、今日はいつにもまして可憐で美しい、、、」
ラズはヤバイと思ったが、アズワールが強行手段に訴えかけてくるとは思ってもいなかった。
あっという間に唇を奪われた。
王宮の庭の木陰に押し倒される。
「ちょ、やめ、、」
ラズワードは焦った。
ネタばらしをしないとこのまま脱がされそうな勢いである。
「アズワール王子!わたしはセレスではございません!
兄のラズワードです。私がセレスではないことを見抜けなければ、諦めていただこうと仕組ませていただきました!
ですので、これ以上はお辞めください!」
アズワール王子はピタリと止り、馬乗りのまま彼をまじまじと、今度は感慨深く見る。
「なんと、まさか兄上さまでしたか!
お美しい!ラブラドの二粒の真珠とは正にあなた方双子に与えられた称号だ、、」
そして、辞める気配はない。
実地で確認するつもりのようだった。
ラズワードは蹴りあげようとするが、スカートごと押さえれて身動きがとれない。
本気で身の危険を感じる。
「セレスさまに無体を働くものは切り捨てる。他国の王族であっても。わかっておられますか?アズワール王子」
ジュードが助けに入った。
サラが声をかけてくれていたようだった。
赤毛のアズワールは鼻先に突きつけられた剣先を見た。
舌打ちをしそうな勢いでジュードをにらむが、ラズから離れる。
「セレスさまも、あなたもお分かりではない。
ラブラド国は我がナミビアと、確かな繋がりを築いておかないと、強国ボリビアに飲み込まれるぞ!」
言い捨てて去っていく。
ラズワードはひとまずほっとした。
腰が抜けているようだった。
ジュードは冷たい目で見下ろす。
「セレスさま、、ではありませんね。ラズワードさま、いったい何をしているのです!あなたは馬鹿ですか!」
助け起こされながら、ラズワードは感心する。
「ジュードは一瞬でセレスとわたしとを区別できるんだね。あいつは最後までわかってなかったようだけど」
「何をいっているのですか?お二人は全く違います。
目の色を見なくてもわかりますよ!」
ラズワードはそれをセレスへの愛ゆえだと思う。
妹のセレスは隠してはいるが、この頼りになる宰相の息子が大好きである。
数々の結婚話を蹴り続けるのも、ジュードがいるからだという理由もあると思う。
ジュードもそれをまんざらでもないように、セレスと過ごすこともあった。
「歩けないのですか!?」
「ごめん、腰が抜けたようで、、」
仕方ないと肩をすくめ、恐れ入ります、と声をかけるとジュードはラズをひょいと抱えあげて横抱きにする。
「ちょっとこれはどうなんだ?」
ラズは慌てて腕をジュードの肩と首に巻き付けしがみついた。
ジュードはくすりと笑う。
「ラズワードさまはお姫さまの格好なので、お姫さま抱っこで良いのでは?」
ジュードは時折意地悪だと思う。
彼らはラズワードの部屋へ向かう。
この厄介な服を着替えるのだ。
「ジュードは結婚しないの?」
「わたしは、あなたのお守りで忙しいのです。
わたしの結婚話より、ラズワード様の方もいろいろお話がきているのでしょう?
わたしの方はそのうちになるようになるでしょう」
「アズワール王子が言った、ボリビアに飲み込まれる話は、、?」
厳しい顔をジュードはする。
「あなたが心配する必要はありませんよ。中原の国々がここ数年、騒がしいのです。国内のこともありますし、、」
「国内?」
「奴隷たちの決起集会の話です。聞いておられるでしょう?」
最近は、奴隷解放を叫ぶ運動が広がっているのは知っている。
小さな動きが、最近は大きな集会になっているようだった。
「あなたは何も心配することはありません」
ジュードは再び言った。
二度繰り返すことは、かなり深刻な状況だとジュードが思っていると教えていた。
「それより早く王子に戻ってください。私とセレスさまのあらぬ噂がたってしまいます」
心底心外そうな顔をする。
国外ではこの数年、東の国のボリビアが戦えば無敗。戦わずして主権を放棄し飲み込まれていく小国も多く、東方の帝国となりつつあり、また自らボリビア帝国と呼ぶようになっていた。
それに対抗し、西の国々もまとまりつつある。
中間に位置するラブラド国は微妙な立場であった。
ラズワードはその話も父王から聞いている。
18才になったラズワードの結婚も、今後のラブラド国の身の振り方によっては人質扱いになるために、話が進まない。
逆に、セレスの嫁ぎ先は西のアズワールや東の国々からも挙がって、引く手あまたである。
セレスの美貌が知れ渡っていることもあるが、一重に、セレスを足掛かりに花の都のラブラド国を取り込みたいという政治的意図が見え隠れする。
さらに、国内の身分制度を揺るがす奴隷たちの解放運動の高まり。
激動期の空気のざわつきを、ラブラド王国の第一王子ラズワードは肌で感じざるを得なかった。
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