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翌日、ラズははじめてジュードに告げずに一人で城を抜け出した。
第一王子としてはあるまじき、危険な行為だった。
わかってはいたが、ラズはどうしても、あの危険な香りのする男に逢いたかった。
シディが言ったように、確実に会えると言える日は、今日と来年の祭りの日ぐらいである。
男は、あの別れた辻のところにいた。
ラズも彼も、昨日と同じ仮面をつけている。
白いふくろうと黒い鷹の仮面である。
「何がしたい?」
シディは言う。
「デートがしたい!」
弾む気持ちそのままのラズの返事に、ははっとシディは笑う。
こんな真っ直ぐなデートのお誘いははじめてだった。
シディは彼の国では、男からも女からも、ひっきりなしに恋のお誘いの絶えることのない、魅力的な男である。もっとも、彼がお誘いに応えることはまれではあるが。
二人で町を歩き、唄い、踊り、お茶をして祭りを満喫する。
そして、夜も更けていく。
シディは町の外れに確保している彼の宿の部屋に、この無邪気で一緒に過ごして楽しい娘を誘わずにはいられない。
シディは二人だけになって、キス以上の関係になりたかった。
「あ、わたしは駄目だ、、」
誘われるとラズは尻込みする。
なぜなら、仮面を被った町の娘は仮の姿で、ひとかわ剥けばすぐに男だということがばれてしまうからだ。
「わたしは見た通りの者じゃないんだ」
ラズは必死に言う。
シディは誘いを懸命に断るラズの仮面をとり、伏せようとする美しい顔を挟み込んで上向ける。
ブルーグレイの瞳が、拒絶しようと必死な色を見せながらも、この瞬間の彼を焼き付けるようにシディを見上げた。
相反する想いがせめぎあうのをシディは見てとった。
シディにも隠していることがある。
宿に連れ込むのは自分の正体を暴かれる危険もあるが、この捕まえた愛らしい仔猫を逃がしたくなかった。
「俺も、あなたも見た通りの者でないということで、おあいこではないか?
わたしはあなたと結ばれたい!」
二人は唇を深く重ねる。
ラズにとってはじめての、甘い蕩けるような恋人同士のキスだった。
シディの手が顎のラインを辿り、首を撫で下ろす。
そして、シディはラズの首にかかる薄い金属の輪に気がついた。
はっとしてそれを見ると、金属の輪には藤の花の紋様が描かれている。
「これは、奴隷の印?あなたは奴隷なのか?」
愕然とシディは言った。
シディの国には奴隷はいない。
ラズは悲しく笑う。
「自由がないといえばそうかもしれない。わたしは、ラブラド国にとらえられた、国家の奴隷なのかも知れない」
「俺が自由にしてやる」
堪らなくなって、シディは再び深く奪うようなキスをする。
必死にラズも応えた。
ラズは、シディの部屋には絶対に行けない。
男だというのは知られたくなかった。
祭りの時だけの、熱気に浮かされた仮初めの恋人で満足と思うしかなかった。
品行方正な王子にできることはここまでで、今でも十分すぎるほど危険な命がけの冒険だった。
シディのキスは頬に、耳に、首筋に、鎖骨に降りる。
街路樹の影でできるのはもう少し先まで。
ラズは、キスが気持ちの良いものだということをはじめて知る。
シディが触れるところが熱く燃え上がり、思いもよらない快感が背中に走る。頭の芯がしびれるような不思議な感覚。
ラズの胸を開こうとして、シディは、そのきめの整った、白くて艶のある肌に浮かぶ紋様に気がついた。
「これは、、?」
揺れる声に、ラズはびくっとする。
男だとばれたのかと思う。
慌てて胸をふさぎ、シディに背中を向けた。
シディは向けられたその背中を勢いよく捲り上げた。
ラズの首から背中にかかるところに、妖しく美しい花のような紋様が描かれていた。
「あなたの体に模様がある!これは彫物か?」
驚いたシディの声。
「え?刺青なんてしていない、、」
ラズはビックリすると同時に、母からの言葉を思い出した。
首を巡らせて見ようとする。
ラブラド王家の者には性的に興奮すると、体に独特の模様が浮き上がる者がいる。
体の紋様を指摘されたのは初めてだった。
秘密のデートもこれ以上続けることは限界だった。
「ごめんなさいっ。これ以上は私にはできない!さよなら!」
ラズは驚くシディを残して、その場から逃げ出した。
「待って、ラズ!あなたにはどこで会えるんだ?」
ラズは応えることは出来なかった。
祭りで出会った鷹の男と間に、未来などはじめからないのはわかっている。
ラズはただの町の娘でも、奴隷でもなく、ラブラド王国のラズワード第一王子なのだからだ。
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