第1部 第1話 ラブラド国とボリビア国の王子

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翌日、ラズははじめてジュードに告げずに一人で城を抜け出した。 第一王子としてはあるまじき、危険な行為だった。 わかってはいたが、ラズはどうしても、あの危険な香りのする男に逢いたかった。 シディが言ったように、確実に会えると言える日は、今日と来年の祭りの日ぐらいである。 男は、あの別れた辻のところにいた。 ラズも彼も、昨日と同じ仮面をつけている。 白いふくろうと黒い鷹の仮面である。 「何がしたい?」 シディは言う。 「デートがしたい!」 弾む気持ちそのままのラズの返事に、ははっとシディは笑う。 こんな真っ直ぐなデートのお誘いははじめてだった。 シディは彼の国では、男からも女からも、ひっきりなしに恋のお誘いの絶えることのない、魅力的な男である。もっとも、彼がお誘いに応えることはまれではあるが。 二人で町を歩き、唄い、踊り、お茶をして祭りを満喫する。 そして、夜も更けていく。 シディは町の外れに確保している彼の宿の部屋に、この無邪気で一緒に過ごして楽しい娘を誘わずにはいられない。 シディは二人だけになって、キス以上の関係になりたかった。 「あ、わたしは駄目だ、、」 誘われるとラズは尻込みする。 なぜなら、仮面を被った町の娘は仮の姿で、ひとかわ剥けばすぐに男だということがばれてしまうからだ。 「わたしは見た通りの者じゃないんだ」 ラズは必死に言う。 シディは誘いを懸命に断るラズの仮面をとり、伏せようとする美しい顔を挟み込んで上向ける。 ブルーグレイの瞳が、拒絶しようと必死な色を見せながらも、この瞬間の彼を焼き付けるようにシディを見上げた。 相反する想いがせめぎあうのをシディは見てとった。 シディにも隠していることがある。 宿に連れ込むのは自分の正体を暴かれる危険もあるが、この捕まえた愛らしい仔猫を逃がしたくなかった。 「俺も、あなたも見た通りの者でないということで、おあいこではないか? わたしはあなたと結ばれたい!」 二人は唇を深く重ねる。 ラズにとってはじめての、甘い蕩けるような恋人同士のキスだった。 シディの手が顎のラインを辿り、首を撫で下ろす。 そして、シディはラズの首にかかる薄い金属の輪に気がついた。 はっとしてそれを見ると、金属の輪には藤の花の紋様が描かれている。 「これは、奴隷の印?あなたは奴隷なのか?」 愕然とシディは言った。 シディの国には奴隷はいない。 ラズは悲しく笑う。 「自由がないといえばそうかもしれない。わたしは、ラブラド国にとらえられた、国家の奴隷なのかも知れない」 「俺が自由にしてやる」 堪らなくなって、シディは再び深く奪うようなキスをする。 必死にラズも応えた。 ラズは、シディの部屋には絶対に行けない。 男だというのは知られたくなかった。 祭りの時だけの、熱気に浮かされた仮初めの恋人で満足と思うしかなかった。 品行方正な王子にできることはここまでで、今でも十分すぎるほど危険な命がけの冒険だった。 シディのキスは頬に、耳に、首筋に、鎖骨に降りる。 街路樹の影でできるのはもう少し先まで。 ラズは、キスが気持ちの良いものだということをはじめて知る。 シディが触れるところが熱く燃え上がり、思いもよらない快感が背中に走る。頭の芯がしびれるような不思議な感覚。 ラズの胸を開こうとして、シディは、そのきめの整った、白くて艶のある肌に浮かぶ紋様に気がついた。 「これは、、?」 揺れる声に、ラズはびくっとする。 男だとばれたのかと思う。 慌てて胸をふさぎ、シディに背中を向けた。 シディは向けられたその背中を勢いよく捲り上げた。 ラズの首から背中にかかるところに、妖しく美しい花のような紋様が描かれていた。 「あなたの体に模様がある!これは彫物か?」 驚いたシディの声。 「え?刺青なんてしていない、、」 ラズはビックリすると同時に、母からの言葉を思い出した。 首を巡らせて見ようとする。 ラブラド王家の者には性的に興奮すると、体に独特の模様が浮き上がる者がいる。 体の紋様を指摘されたのは初めてだった。 秘密のデートもこれ以上続けることは限界だった。 「ごめんなさいっ。これ以上は私にはできない!さよなら!」 ラズは驚くシディを残して、その場から逃げ出した。 「待って、ラズ!あなたにはどこで会えるんだ?」 ラズは応えることは出来なかった。 祭りで出会った鷹の男と間に、未来などはじめからないのはわかっている。 ラズはただの町の娘でも、奴隷でもなく、ラブラド王国のラズワード第一王子なのだからだ。
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