百舌と早贄

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「それにしても、うまくいきませんね」 ロクは冷めつつある茶を啜りながら、表情も変えずにボヤキを零した。 神使の二人は、小料理屋で一休みをしているところだった。 ロクの対面に座るタツミは、飯を一心にほう張っていた。彼の横には皿が山のように積み上げられている。完全にやけ食いである。 それもそのはず、二人の妨害は全く功を奏していなかったのだ。 二人はまず、串刺しの刑そのものを阻止しようと試みた。 しかし、その際に直接手を出して、例えば処刑人を殺すといった行為で、刑を執行させないようにするなんてことはできない。神の使いがやたらと一般大衆に姿を見せてしまえば、人間の世界が大混乱に陥ってしまうからだ。 同じ理由から、神がお告げをした人間の前に姿を現わすこともなるべく避けたい。さらに、今回の目的は神の威厳を保つことだ。願いを叶える条件の達成を阻止しようとしているのが神であることと、神使が妨害行為をしていることはより一層、バレてはいけないのである。 こういった状況から、二人は間接的に刑を阻止することに専念した。 例えば、刑の執行日に大嵐を呼び寄せたり、処刑人の足元に突然木の棒を顕現させることで、ちょっとした怪我をさせてみたりと、いわゆる祟りに見えるようなことをいくつも実行した。 その結果、処刑人たちは怖がり、刑の執行を止めてほしいと上役に懇願したのである。 だが、それで串刺しが中止になるほど、世の中甘くはなかった。結局、祟りを怖がらない新たな人間を処刑人にして、刑の執行は続いた。 その数がついに九十九となり、状況はますます切迫していたのであった。 「もうここまで来てしまってはどうしようもないですから、件の人間に直接交渉する他ありませんね」 にも関わらず、なんでもない様子で、ロクは淡々と打開策を述べた。 すでに、神に懇願した人間の居所は掴めている。 其奴はこの国の政治に深く関わる男で、串刺しの刑を命令した張本人である。 どうやら現当主に自らの娘を嫁がせることで、権力を手にしたようであったが、いかんせん、娘が産むのは女子ばかりで、近々首が飛ぶのではないかとの噂が流れていた。 そのためか、ここのところ熱心に娘と共に神の御前へ出向いては、祈祷をしているらしかった。 少なくとも今回の件と、その男の状況は一致するところが多い。 神に酒を奉ったのは、その男で間違いないであろうというのが二人の出した結論であった。 「しかし、直接、人間の元に現れるっていうのはなぁ……。だいたい、なんて言い訳するんだよ。やっぱ、うちの神さまには子ども産ませるとか高等な奇跡は無理でした、とでも言うつもりか?」 手元にあった深皿の中身を一飲みにしながら、タツミがもっともなことを訴える。 「流石にそれでは、我々の今までの苦労が水の泡ですから……。もう少し、良心に訴えかける作戦でいきましょう。ここはひとつ、私に任せなさい」 仕方なく「はぁ」とため息で同意を示しながら、タツミは”良心”という言葉に、処刑場で見かけた女の姿を思い出していた。 「……それにしても一人の人間が生まれるために、本当に百人も死ななきゃならんのか?」 「まぁ、実際はそんなことをしたところで、我々の神さまがその者の腹に子を宿すことができる訳ではないですし、何なら事の発端は我々の神さまなのですが」 「お前、けっこう言うよな」 「私はただ、事実を述べているだけです」 そりゃそうなんだけどよ、とタツミは続ける。 「自分の孫が欲しいからって、他のたくさんのやつを殺せちまうってのが、俺にはよくわからねぇなと思っただけだ」 「そこについては私にもわかりかねます」 でもま、人間のすることですから。 ロクはそれだけ言うと、残りの茶を飲み干した。
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