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百日草は枯れる日の夢を見る。
元甘味屋の亭主、白井馨の死は謎のダイイングメッセージに疑念は残ったが、老衰と断定された。
それから二日後、再捜査の為、一課長に呼び出される。
「おーい、クズ」
「クズで止めるな、と何回言わせたら気が済むんだ? イヌ」
葛原巨人くずはらなおとは、脳内お花畑所有の同僚、犬飼克己いぬかいかつみをじっとりと睨む。
小さい頃から苗字のせいでクズと呼ばれ続けた男は、現実主義で、夢を見ない。
端麗な容姿がその冷淡な性格に拍車をかけていた。
残念なまでに夢見がちな同僚の犬飼には、憐みさえ覚える。
「気にし過ぎ、クズ」
「用件は何だ? イヌ」
「課長が、白井の息子を任意で引っ張れってさ」
死んだ白井馨には玉と言う息子が一人いた。
父親が死んだ夜、その玉を自宅近くで目撃したという証言が出たが、本人はこの三日程、父親には会っていないと証言している。
「でもさ、白井馨って変わってるよね。あんな所に二億もの大金、埋めるなんて」
「心配するな、イヌ。お前にそんな大金は舞いこまない」
「たっ! 宝くじとか当たるかも知れないじゃんっ!」
運転席に乗り込んだ犬飼が、身を乗り出す。
葛原はそれを片手で押し退け、助手席に乗り込んだ。
「痛い痛いっ! 首、曲がるっ!」
だが、犬飼が言う事も一理ある、と葛原は眉根を寄せる。
「課長が、あの“王”って言うダイイングメッセージも、息子の名前を書いてる途中でこと切れたんじゃないか? って言ってたよ」
「他殺だってのか?」
「もし、あの二億の存在を知っていたら、動機には十分だし、実際息子は嘘を吐いてるしね」
「だが遺体には、他殺と思われる死因が見当たらない。薬も使わず、痕跡も残さず、人を殺せるのか?」
白井馨は寝ていた布団から這い出し、床の間の花瓶に手を伸ばす様な状態で吐血し、その血を使って“王”と言うダイイングメッセージを残した。
勿論、その花瓶からも何も出て来てはいない。
「店の常連たちの間じゃ、オタマちゃんが見れたらラッキーなんだって」
「オタマちゃん? って言うか、白井玉は男だろ?」
「彼の愛称だよ。彼は男でも惚れちゃうくらい絶世の美貌の持ち主らしい」
犬飼はそう言って、まるで自分の事の様にドヤ顔をして見せた。
「イヌでも人間に惚れるのか? あぁ、人間の雌に相手にされないのか」
「僕の話じゃないよっ!」
「きゃんきゃん喚くな、駄犬が」
「あ、ついた。ここだよ」
甘味屋には、老いた外門に古い看板が掲げられ、玉砂利の敷き詰められた寄り付き道には、苔の生した飛び石が玄関まで案内を買って出る。
玄関横には白い椿が尖った芽を綻ばせ、建てつけの悪そうな曇った磨硝子の格子扉を隠す様に、藍染めの暖簾が掛かっていた。
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