友達100人できるかな

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「ねえ、美香、今日転校生が来るらしいわよ。男の子だって!」 友人の渚が声を弾ませて話しかけて来た。この子はいつも噂を聞きつけるのが早い。 渚の話を聞いて、教室内では女子たちが「イケメンだっだらいいな」と騒ぎ出していた。 男子たちは反対につまらなそうな顔をしている。 転校生というのは気の毒な存在だ。新たな環境に馴染むだけでも大変だろうに、過大な期待を常に背負わされる。 しかし、田舎の中堅レベルの公立高校にとっては転校生がやってくるというのは、大きなイベントだった。 二学期の途中になんて、おかしな時期に来るんだな……と思っていたら、やがて、担任の菅屋先生がひとりの男子を連れてクラスに入って来た。 日直が号令をかけて、いつもどおり「起立」「礼」「着席」と形だけの儀式を行う。 皆の視線は、くたびれた担任のおじさんなど眼中になく、転校生に注がれていた。もちろん私も。 彼を見て、しばらくざわざわとした声があちこちから聞こえた。 収まりかけたタイミングを見計らって、菅屋先生が転校生の紹介をした。 「かんばらよしや君だ。みんな仲良くするように」 先生はそう言うと「神原善也」と黒板に転校生の名を書いた。 本人はひとこと、「よろしくお願いします」と低い声を出して、頭を下げた。 あまり特徴のない雰囲気かな……私が彼を見たときの第一印象はそんな感じだった。 背は高くもなく、低くもない。顔立ちもイケメンとはとても言えないが、ブサイクというわけでもない。太っているわけでも、特別痩せているわけでもない。 ただ、おとなしそうには見えた。 女子の中には露骨に失望した反応をしている子もいた。男子は反対に安心しているようにも見えた。 転校生の席は私の隣だった。 単に真ん中の列の一番後ろで、隣がいない状態で私は座っていたからである。昨日、机と椅子が急に運び込まれていたけれど、こういうことだったのかと納得した。 神原君は席に座ると、丁寧に私に頭を下げた。 私も「よろしくね」とだけ、言葉を交わした。 休み時間が来ると、彼は皆から質問攻めにあっていた。 転校生が受ける洗礼とでも言うべきか、彼は住所、誕生日、親の職業、彼女の有無など、まるで職務質問を受けるかのように洗いざらい話すことになり、淡々とひとつひとつの質問に答えていた。 丁寧な応対だったけれど、機械的な感じもした。だけど、卑屈な感じはなかった。むしろ上品に感じた。 私にブランド品の知識はないけれど、持ち物を見ていると、なんとなく上質な物を持っているようにも見えた。 彼は親の仕事の関係で、この中途半端な時期に編入して来たらしい。親は建築関係の仕事で、現場のある全国各地を転々としていて、賃貸アパート住まいが続いているのだそうだ。 前は大阪市内にいたとのことで、都会から北陸の片田舎にまで来てはカルチャーショックも大きいだろうと思った。 まだ教科書が届いていないらしいので、私は彼に教科書を見せてあげた。 都会の学校にいただけあって、彼は勉強ができる感じだった。 しばらくして、期末テストの順位発表がされたときには、彼は学年のトップテンに入る成績をあげていた。 だけど、この頃から、彼に対する周囲の評判は良いものではなくなり始めていた。 彼があまりにおとなしく、必要最低限以外のことしか話さないため、「気持ち悪い」とか、「自分たちを見下しているみたい」という評価が出始めたのである。 「都会にいたからって、田舎者をバカにしている」なんて言う連中も現れた。 確かに前にいたのは都会かもしれないが、その前は東北にいたと言っていたのに。 渚でさえ、「なんか彼って、エイリアンみたい」と言い出したので、さすがに「やめときなよ」とたしなめた。 だけど、一度、そういう方向に進み出すと、なかなか流れは変わらない。さらに振れ幅が大きくなり、彼は私から見ても、明らかにいじめられているのがわかるようになった。 私はいじめなんて好きではなかったので、もちろん参加しなかったけれど、かといって、止めるほどの勇気を持つことも出来なかった。 彼が殴られたり、嫌な役を押し付けられたり、物を壊されたりする姿を見ているのは辛かった。 けれど、彼の態度にも疑問は持った。 彼は大勢の前で侮辱されても何も言い返さなかったし、殴られても抵抗しなかった。 そのような態度を見ると、さらに腹が立つのか、それとも抵抗しないからやりたい放題だと思うのかわからないが、いじめはどんどんエスカレートして行った。 ある日の放課後、彼が体育館裏で数人に囲まれているのを私は見てしまった。 バスケ部の部室に忘れ物をしたので、取りに行く途中のことだった。 彼は数人に殴る蹴るの暴行を受けていた。 殴っているのはクラス内では教師の覚えが良くて、いい子で通っている連中だった。 裏ではこんなことをしていたのだ。 彼らはさらに神原君の上着を脱がし、内ポケットから財布を抜いていた。数枚の一万円札が入っていた。彼の親は建築関係者と言っても、大手ゼネコンの現場監督らしく、実は金持ちであることが数日前から知られていた。 一部女子など、それを聞いて、態度を豹変したほどである。 今、金を奪った男子たちは、彼が金持ちと知って、金を奪い取ることを思いついたのだろう。 しかし、当の神原君は相変わらず、無表情で無抵抗である。 「やめなさいよ!」 ついに耐え切れずに私は叫んでしまった。 一瞬、驚いた表情で男子数人は私を見た。 「なんだ、美香かよ。女が口を挟むなよ。邪魔したら、おまえを犯して写真をばら撒いてやるから、覚悟しとけよ」 なんてことを言うのだろうか……普段、教師の前ではいい子で通っている連中が、こんな奴らだったのかと、失望したし、怒りがこみ上げてきた。 「ひとりを数人で殴るなんて卑怯よ! おまけにお金まで取るなんて! 先生を呼んでくるからね!」 走り出そうとした私だったが、ひとりの男子生徒がすぐに追いかけて来て、私の腕をつかんだ。 「離してよ! 何するのよ!」 「待てよ、黙っていれば、おまえにも分け前をやるよ。だから、いい子にしてろよ。な、いいだろ?」 なだめるような口調が、気持ち悪くてたまらなかった。 離す、離さないの押し問答が続いていたが、相手が私の身体にまで腕を回そうとした瞬間、今まで晴天だった空が、急に暗くなった。 いや、空だけでなく、あたり一面が真っ暗になっていた。 私の身体をつかんでいた男子の腕が力を失い、だらりと地面に倒れていた。 直後、雷鳴がしたかと思ったら、目がくらむほどの稲光が起こり、稲妻が男子の身体に直撃した。彼は黒こげになっていた。彼だけでなく、神原君を殴っていた全員にも稲妻が落ち、同じように黒こげになった遺体が並んでいた。 あまりの恐ろしさに、私は悲鳴を出すことさえできなかった。 「父さんが、ついに我慢できなかったようだ」 低い声の主は神原君だった。ほんの少し前まで、部活動をする生徒の声が聞こえていたが、この真っ暗な空間では神原君の声しか聞こえない。 「な、何なの……父さんの我慢って?」 私は声を絞り出した。もしかしたら、少しお漏らしをしていたかもしれない。 「もちろん、建築関係の仕事をしている父さんさ。もっとも、作るのは建物だけじゃなく人間もだけどね」 「な、何を言っているの? どういうこと?」 「僕は神の子なんだよ。直接のね。君らは初めの人間から何代も経ってから生まれた劣化コピーみたいなものだけど」 話がさっぱりわからなかった。だけど、目の前に黒こげになったクラスメートが横たわっているのは事実だった。 神原君は再び口を開いた。少し微笑んでいた。彼のこんな表情を見るのは初めてだった。 「大丈夫だよ。君には何もしない。君は優しい子だ。君のおかげで日本人は救われたんだ。君が僕を助けようと声を出さなければ、日本は再び焼け野原になっていただろう」 神原君は低い声で淡々と話した。 私はといえば、目が点になっているような状態だ。 「2000年ほど前、僕と同じように神から直接作られた人間が、大工の息子として、地上に誕生した。だが、彼は愚かな人間たちによって十字架にかけられて処刑されてしまった」 「イエス・キリスト……」 「この世界ではそう呼ばれているね。神は人間を試すために、時々、僕たちのような人間を直接作って、地上に誕生させるのさ。そして、サンプルとして決めた100人の人間と触れさせて、悪人の数の方が多かったら、その民族に苦難を与える……例えば、イエスを処刑した民族は、その後2000年近く祖国に戻れず、虐殺を受けたりして、苦難の道を歩いた」 「わ、私はサンプルのひとりだったってこと?」 「そうだよ。たまたま隣の席に座っただけで、選んだにすぎないけど」 「はは、ははは……」 頭がおかしくなりそうだった。私が日本の運命を担う最後のひとりだっただなんて…… 「でも、君が善人ということで、やっと50対50になったわけだから、滅亡や焼け野原は免れたかもしれないけど、少しは試練があるかもしれないね。大地震とか火山の噴火とか」 「そ、そんな、やめさせてよ! 大体、たった100人だけで決めるなんて、ひどいわ。人間じゃない!」 「冗談で言っているのかい? 神は人間じゃないよ……それに神も反省をしているし、人間を恐れてもいる。あまりに人間を増やしすぎたってね。だから、時々、疫病やら戦争で人数を減らしていたのだけれど、知恵の実を食べた人間の知恵はすごくて、疫病さえ克服しようとしている……まあ、君はサンプルに選ばれたのと、善人だったので、今後、神の怒りを受けることはないと思うよ。記憶も消してあげるから安心して」 「記憶とかはどうでもいいけど、私の大切な人たちや日本がめちゃくちゃになるのは嫌」 「それはどうしようもないね……すべては神のみぞ知ることさ」
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