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風が強く吹いていた。 初夏の夕暮れ。日は沈みかけだがまだ明るく、海辺で涼むにはちょうどいい時間帯だ。 「どうすればよかったんだ?」 誰もいない展望台の、見晴らしのいい景色の中で独りごちる。 会社辞めたのは間違いじゃない。あのままじゃ早晩心身を壊してた。 タグで断捨離やったのは? もしかしたら人生変わるかもって思ったから。 でも結局、元々何にもない俺には何かを捨てる意味もなくて。 最後に一つ捨てられるものすら見つけられなくて。 「……一体、これ以上、どーすりゃ」 そう思って、展望台の手すりに手をついて眼下の海を見ようとした時だった。 「……おおおおおにーさーんんんんん死んじゃダメぇぇぇぇぇ!!!」 一瞬、猫にでも飛びつかれたかと思った。 そんくらいの速さで叫びながら背後に飛びついてきたのは、見覚えのある少女。 「……え?! お前……てか君、あの時の」 以前、ブラック企業を辞めるキッカケとなった出来事。 ……その時に出会った少女が、なぜここにいるのだろう。 飛びつかれた拍子に尻餅をつく。 「小僧ぉぉぉぉぉ! 何馬鹿やってんだぁ!」 呆然と少女を見上げた俺のところに。 息を切らしながら、もう一人誰かが走って来た。 「隣のマッチョジジイ!」 「誰がマッチョジジイじゃ!」 「あっすみません、えと山本さん」 「山崎じゃ馬鹿タレ!」 思いっきり頭に拳骨を食らう。 ぐええ痛ぇぇぇ。 頭を抱えて蹲る俺の耳に、また別の声が近づいてくる。 「何やってるんですか木梨さん! 早まっちゃダメじゃないですか!」 目を開けると、走ってきたのは見覚えのある顔。 労基で俺の相談に乗ってくれていた担当職員だ。 「なんであなたがココに……?! てか、なんであんたたちココに」 座り込んだまま3人の人物を見上げる。 小学生の女の子。 ガタイのいい隣の強面爺さん。 労基の職員。 見事なまでに関連が見出せないメンツだ。 だが3人は顔を見合わせた後、当たり前のように言った。 「「「おにいさんの/お前さんの/あなたの/自殺を止めに来たんだよ/来たんだぞ/来たんですよ!」 ………。 「---はぁぁぁ?!」 夕闇に包まれつつある展望台に、間抜けな絶叫が響いていって消えた。
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