0人が本棚に入れています
本棚に追加
ふ…っと。
何が原因だったのか、沈んでいた意識が浮上する。どうやらいつの間にかうたた寝をしてしまっていたらしい。
太陽が空に居座る時間が長くなっているせいで室内の明るさだけでは時間の判別が難しく、微睡みの湖に未だ片足を突っ込んだまま、限られた視野で時計に目を向ける。いつ寝入ってしまったのかは分からないが、恐らく数十分と経ってはいないだろう。
背後の窓から射し込む西日がブレザージャケットを焼いていた。壁の影に隠れた下半身との温度差で、じりじりと焦がされているにも拘わらず背中がぶるりと震える。
暑いのに寒いなんて、風邪の前兆のようで縁起が悪い。しかしこのまま睡眠を続けていれば居座る太陽も姿を隠して一気に冷え込むこと請け負いだ。春先にしては異様な暑さを記録した4月から一変、ここにきて朝晩の冷え込みを続ける5月は衣替えにはまだ早く、しかし防寒具は既に持ち歩いていないので体を冷やしてしまうのはいただけない。
会議で疲れていたせいもあるのだろう。今日中にやらなければならない仕事でなし、どうせ俺しか残っていないのだし、今日はもう帰ってしまおうとうつ伏せになっていた体を起こして息が詰まった。
見えない何かに押し潰されたとか金縛りにあったとかそんなオカルトな話ではなく。単に此処に居る筈のない人間――セミロングの黒髪で、テニス部のキャプテンで、そして…そして不本意ながら、俺が幾度となく失恋を繰り返す羽目になった花谷澄恋が、副会長の席に頬杖をついて座ってこちらをじっと眺めていたからだ。
最初のコメントを投稿しよう!