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何故?
どうやら人間という生き物は驚きすぎると声すら出せないものらしい。聞こえた声はたった一言だけで、それすら頭に浮かんだ疑問符だった。
生徒会関係者ではないのに、何故。部活があるはずなのに、何故。副会長の席なのに、何故。
疑問符が頭の中をぐるぐると飛び交う俺の心情を知ってか知らずか、目が合ったソイツは掌に被せた頬を僅かに浮かせ、俺のよく知る笑みを浮かべた。
「おはよ、福澤。」
「…此処に菓子はねぇぞ。」
「えっ?どういう脈絡?」
意味不明な発言をした自覚はあった。どうやら俺は相当疲れているらしい――何度も何度も目で追った、高校生にしてはあどけなく腑抜けた笑顔を間近にするのが告白以来だからなんて理由で、半年前のハロウィンがフラッシュバックするなど。
「…いや、お前の事だから、教師に没収された菓子を回収に来たのかと。」
視線を合わせないよう、俯いて卓上の資料を集める。普段であればきっちり順番に並べないと気が済まないが、今はそんな事に気を回せる状態になかった。コピー紙を1枚掴むことすら神経を集中させなければ難しいように思えて、2メートルも離れていない花谷の一挙一動に全神経が向いているこの状況では1枚1枚を指先に挟むだけで精一杯だった。
「没収されてないし!そもそも今日は抜き打ちがあるって聞いたから持ってきてないもんねーっだ!」
「つまりいつもは持ってきてるのか。」
「もちろん!持ってきてる…わけないじゃーん?」
何故人は禁止されている事ほどやってしまうのだろうか。
俺を前にしているので一応おおっぴらにはすまいと思ったのかもしれないが、きょときょとと忙しなく動く目の様子で普段から菓子を持ってきているのだろうことが丸わかりだ。
というより実際、花谷がお菓子を食べているところを俺は見たことがある。そもそも校則で余計なものは持ってきてはいけないとしているものの、「お菓子は余計なものじゃないから」と悪びれなく堂々としていたくらいだ。他の生とも同じく、だからって教師も俺も厳しく追及してはいない。持ち物検査で見つかれば運が悪かったの一言で終わるだけだ。
「で、お前はどうして此処にいるんだ。」
回りくどい駆け引きが花谷に通じない事は分かっている。単刀直入に伝えたところで伝わらない事もこれまで多々あったのだが、まあそれは置いておこう。
いつまでも生徒会室に居る訳にはいかないからと心の中で言い訳をしつつ帰り支度を始めたのは、花谷と二人きりで同じ部屋に籠っているこの状況に耐えられなくなりそうだったからだ。
最初は良い。当たり障りのない会話をしている間は気まずい思いをせずに済むから。だが一度会話が途切れてしまえば…俺はきっといたたまれない思いにうちひしがれることになる。花谷も、どうして生徒会室に居るのかは分からないが、振った相手と長話はしたくないだろう。…いや、コイツの場合、これまでに振られた相手とは特に蟠りもなく普通に話しているが。
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