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一件目の物件には十数分ほどで到着した。その間、不動産屋の男と俺がずっと会話していたわけだが、秀仁は外をぼんやり見ているばかりで、考え事をしているのか、それとも何も考えていないのかさっぱり分からなかった。ただ、何となく今から良物件を見に行くというのに、気乗りしないように見えて不思議だった。
「こちらの一階の部屋です」
築年数は結構いっているがリノベーションマンションで、見た目はその辺の新築とそう変わりがない。外観は白のコンクリで清潔感のあるものだった。
鍵付きの玄関ドアを開けて廊下を真っ直ぐいった奥の部屋に案内される。ドアを開けると若干薄暗く、どうやら北向きのようで、少しじめっとしている気がする。
「……暗い」
ぼそりと秀仁が呟く。不動産屋が慌てて風呂場を開ける。
「部屋はベランダがありますが、北向きで洗濯物が少し乾きにくいかと思うんですが、こちらのお風呂場には衣類乾燥が付いていますので大丈――」
言い終わる前に、ベランダ側の遮光カーテンを開け放つ。と、ベランダの向こう側に無数の自転車が置かれていた。俺もびっくりして窓を開けてみると、ベランダには空き缶やら弁当の空やらが投げ捨てられており、目の前は向かいの大型マンションの駐輪場であることが分かった。どうやら、駐輪場でたむろしている学生がこの部屋のベランダにごみを捨てていっているようである。
「秀仁……ど、どうする?」
俺は引き攣った笑顔で彼を見上げる。いつもの無表情で踵を返すと、「……次」とぼそりと呟く。慌てて俺は不動産屋に誤ってついていく。
その後乗り込んだ車内の空気は悪く、仕事以外でこんなに気を遣わないだろうと思うくらいの営業スマイルとトークで切り抜いた。
しかしまあ、どんなに綺麗で設備がしっかりしていても、泥棒に入られる危険性や騒音や若者達の迷惑行為を考えたらあの部屋はさすがに俺も住めない。
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