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「……城、感じないのか」
「え?」
神妙な顔でベランダの下を覗き込んでいる秀仁の隣になって、階下を見下ろしてみる。何か一瞬ぶわっと強い風が吹き下ろしたかのような感覚に襲われてぐらっとしたところを秀仁の大きな腕に腰を抱えられる。一瞬落ちるかと思ってヒヤッとしたと同時に、何だか至近距離にいるせいか、気恥ずかしくなる。
「不動産屋の人に聞きたいんだけど……前に住んでた人……死んだでしょ」
先程まで自信満々に話していた従業員の顔が一瞬にして凍りつく。
「若い女だったろ、二十前後……夜の仕事をしてた。間違いじゃなければ……この部屋から飛び降りたんじゃないか」
「な、何言って――」
「あ……ほら、花が供えてある……」
がたがた震えながらベランダから彼の目線の先にある下の方を恐る恐る見遣ると、確かに花束がいくらか置かれているのが目に入った。
「あと……いるだろ、そこに……血だらけで……首が変な方に曲がって泣いてる女が」
彼を部屋の隅の方を指差すと、俺の全身の鳥肌が立った。何も見えなかったが、居ると言われると怖い。物凄く怖い。
「ひ、秀仁っ、帰ろう! 帰ろう!」
俺は慌てて彼の腕を引っ掴んで、「ありがとうございましたっ」と声を引き攣らせながら不動産屋に言って、部屋を飛び出した。
「……怖がりだな、城」
「怖がりじゃなくてもさすがに怖いだろ、あれは!」
無表情で無感情にあんなことを言ってのけるお前が可笑しい、と心の中で叫びながら、俺は不動産屋に送らせれば良かったと思いながらも、近くの駅に小走りで向かった。その途中でずっと秀仁の腕を掴んで歩いていたことに、女子大生らしい二人組にくすくす笑われて気付き、慌てて手を離した。
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