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違和感
「随分早かったね、今日は」
七時過ぎに来た藤崎教授と一緒にエレベーターに乗り高層階のスイートルームに向かった。毎週取っている部屋だ。
「……色々ありまして」
苦笑しながら言うと、教授は驚いたように目を丸くしている。
「珍しいね。君が大人になって落ち着いてからは余計に」
「え……?」
「君がそんなに心乱されることがあるとは」
言われてみれば、そうかもしれない。物事に無頓着だと昔学生の時に教授に言われて気付いたが、素敵な年配の紳士に出会った時くらいしか、気持ちが乱れることは無いし、マイナスの感情の方は引き摺ることはあまりないから、気落ちするのは久しぶりだった。
「けれど……今日は慰め甲斐があっていいね」
教授は優しく俺の肩を抱き寄せて、微笑む。この優しそうに見えてSっ気のある笑顔が堪らない気持ちにさせる。
部屋に入り、いつも通りバスルームに入って湯を溜める。ベッドルームに戻ると、教授がスーツのジャケットを脱いでネクタイを外していた。
「先にシャワーを浴びてくるかい?」
教授の台詞に一瞬反応が遅れる。また、さっきのことを考えてしまっていた。一人置いてきてしまったけど、あの後どうしたのだろう、と。俺の家にいっただろうか、それともどこかホテルにでも泊まっただろうか、まさかあの辺りで迷ってふらふらしてはいないだろうか――。
教授と一緒にいるというのに、何であいつのことばかり考えているのか、俺は頭を振って無理に笑顔を作ると、「はい」と答えてバスルームに向かおうとした。しかし、俺の腕を教授が掴んで制した。
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