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テンテキに恋
次の日の朝が日曜日で良かった。目が覚めた時には九時を回っていて、勿論秀仁の姿は無く、何の変哲もない普通の休日の朝だった。
適当にご飯を食べ、だらだらとDVDを見たり、くだらないバラエティ番組を観たりして過ごした。
月曜からはいつも通り部下に指示を出したり注意したりしながらデスクワーク、部下の尻拭いでサービス残業した帰りに馴染みの飲み屋に寄って飯と晩酌、家に帰ったら風呂に入って早々に寝るというような日々を過ごした。意識しているのか、いつもより家に居る時間が短くなっていた。できるだけ何も考えないようにしたかった。
しかし、水曜辺りに、「先輩、月曜から何か変ですよ」と仲のいい後輩に心配されて、無理に平常心を装おうとしていたことに気付いた。それでも、胸の中でくすぶっている何かについて、考えることから逃げた。ちょっとした痛みにも耐えられないくらい心が弱くなっていくから、大人になるにつれて狡くならざるを得ないのだ。
そうして一週間経ち、金曜の夜を迎えた。
「今日、雨降るそうですね」
「それは、早めに上がりたいなあという希望かな」
オフィスの窓のブラインドの間から外を見ていた後輩は俺の方に向き直ると期待の眼差しで見詰めてくる。苦笑しながら、俺は開いていたキングファイルを棚に戻した。
「まあ、俺も傘を持っていないし、金曜だしなあ」
「やった! 帰りましょう!」
デスク周りを整理して、ノートパソコンの電源を落とし、引き出しに施錠する。残っている社員に労いの言葉をかけて退社して、一階の玄関で後輩と別れる。いつもの癖でつい携帯のメールをチェックしてしまった。教授からの、誘いのメールを。
あるわけがない、と溜息を吐いて駅の方向に歩き出す。ふと見上げるとどんよりとした重い雲が空を覆っていた。
電車に乗っている間中、考え事をしないように携帯で興味もない芸能関係までニュースを読んだ。そうやるのが毎日の日課となり始めていたため、若い世代がもてはやしている芸能人まで覚えてしまった。
最寄駅に着き、今日はラーメンを食べて帰ろうか、と思いながら改札を出た。
その瞬間だった。見たことのある背格好の男が立っていることに気付いた。目が合う、目が合った、そう認識する前に俺は家とは逆方向に走り出した。
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