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そう、俺は正真正銘、頭の天辺から爪先まで女の入る隙など無いゲイである。その上俺のストライクゾーンは五十歳以上の中老の男性なのだ。
どうする、どうする、と思考を巡らすも、誰にもカミングアウトしたことがない俺は、何の言葉も出なかった。そんな俺をよそに、唐突に立ち上がると、ソファの脇に置いてあるスポーツバッグから、長袖Tシャツを取り出し着始める。俺がゲイだと思って焦ったのか。そう気づくと、一気に怒りが噴出した。
「げ、ゲイだからって誰でも食うわけじゃないぞ! ノンケに手を出す馬鹿はそういないし、何よりお前みたいなガキは俺の趣味じゃない!」
捲し立てる俺を気にもしていない様子で、きょろきょろと辺りを見渡す。
「ソファで寝るから、布団か毛布余ってないか」
人の話は全く聞かないくせに自分の都合のいい事ばかり言いやがる。普段、この年になって部下に軽く叱咤するくらいのことはあっても、これほど怒ることはそうそうない。まるで眠れる獅子が目覚めたかのようだった。
「むしろお前という存在が嫌いなんだ! 出て行ってくれ!」
言い放った瞬間、無表情の秀仁が一瞬驚いたように目を見開いた。そしてずい、と俺の前に詰め寄った。一九〇センチほどのその長身に至近距離に立たれると、何とも言えない威圧感を覚え、つい身構えてしまう。
「俺のこと、嫌いなのか?」
「き、嫌い……だ」
さっきはっきり言えたのに、威圧感のせいか言いづらく、目を逸らしながらになってしまう。
すると、わかりづらいが、何となく落胆しているような、気落ちした表情で、「そうか」とぼそりと呟くとスポーツバッグを手に、玄関の方へ歩いていく。
まずい、と思った。勝仁おじさんに彼の部屋探しを頼まれたというのに、このまま出ていかれたらもうそれどころではなくなってしまう。
俺は反射的に秀仁の腕を掴んでいた。彼がゆっくりと振り返る。
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