一章

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次の日、5時間目の授業が終わった後のことだった。ふと教室の廊下に目を向けると、普段は私のクラスなんか寄りつきもしない桐一が私のクラスに入ってくる。 そのまま厳しい顔つきで私の机に真っ直ぐやってきた。 「な、なに?」 昨日はあんなに優しかったのに、訳がわからない。「軽谷くんが妹に会いにくるなんて」というヒソヒソした声が背中にぺたりと貼り付く。 少し身構えていると、桐一は黙って私の机を叩いた。彼が手の平を離した後の机には、真空包装された錠剤が乗っている。 こちらに視線を向ける周りの様子を伺いながら、彼は私の耳元でそっと囁いた。 「飲んでおけよ」 実物を見たことはないけど、空気で理解する。 「緊急避妊薬……?」 そう、私たちは子どもを作ることができない。互いを選んだことに対する大きな代償だ。 口の中が渇く。私は桐一さえいればいい。だけど桐一は? 自分の子孫を今世で作ることを、望むことさえできないのをどう思ってる? 顔を合わせることもできず、ただ口をぎこちなく動かしていると、桐一は耳元でもう一度甘い声ではっきり囁いた。 「一生、二人きりだな」 一瞬だけ私の肩を叩いて、くるりと背を向け出口の方に戻っていく。 「軽谷さん?! どうかしたの?!」 気の優しいクラスメートが私の様子を見て素っ頓狂な声を上げる。 「何でもないよ……」 私はダラダラと落ちる涙を拭いながらクラスメートに返事をする。その口角は独りでに緩く持ち上がっていた。
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