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2.「現実味のある夢」
「……!」
アラームが、部屋中にけたたましく鳴り響く。
その音は一瞬不快さを感じさせるが、眠っていた自分の意識を覚まさせるにはこのぐらいは必要だった。眠りから覚めた俺は隣の空間上に表示されていた画面に映し出されたアラームを止め、画面を消し気怠い身体を起こしベッドから降りる。
(あぁ……またか……)
最近現実味のある、同じ昔の夢をよく見る。今年タレンドに入ったばかりだからなのかもしれないが、三日は連続してあの夢を見ていた。俺は眼を擦り、寝起きの身体を動かし部屋の風呂場へ向かう。脱いだ服を洗濯機の中に投げ込みタオルを棚の上の籠に置き、風呂場に入る。給湯器の電源を入れ、シャワーの水栓のレバーを回し湯を出す。
今日は5月21日。タレンドに入隊してからもう一ヶ月も立つ。
俺と幼馴染みの早希は近場のタレンドが認めた専門の中学校に通い学年でトップクラスに近い成績を修めることができ、運良く本部が置かれた日本に配属となった。だが本部は神奈川県の相模湾付近にあり俺達が元々住んでいた場所からだと遠すぎて通えないという事で、相模湾の一部が埋め立てられ作られた本部の土地内にあるアパートを借りることになった。因みに早希は隣の部屋に住んでいる。
とはいえ、タレンドに入ったものの特に本部から特に任務を任された事はまだ一度も無くタレンドの専用仮想空間で日々ロボット兵を倒す訓練とパトロール位しかしていなかった。まぁ、タレンドが入りたての新人にいきなり任務を与えるなんて有り得ない話だが……
「……日本は平和だよな……」
そう、そもそも日本は終戦以来国内で大規模なテロや紛争など、西アジアに比べれば殆ど起こっていないのだ。それ故に一番ランクの高い隊員ですら国内での大きな任務はあまり任されることはなかった。因みに隊員のランクには三つ段階があり、低いランク順にtertiary《ターシャリ》、secondary《セカンダリ》、primary《プライマリ》がある。ターシャリは世界中のタレンドの隊員の4割を占めている。タレンドに所属している隊員の数は約500万人だから、およそ200万人が一番位の低い隊員だということになる。俺と早希もその中の一人だ。セカンダリはターシャリより上のランクの隊員で、本部の選考の元に相応の実力があると認められた場合セカンダリに昇格する事が出来る。セカンダリ以上は国内だけで無く国外の任務を任される事も多くなるそうだ。そして一番上のランク、プライマリ。ターシャリがセカンダリに昇格する試験があるように、セカンダリからプライマリに昇格する試験も存在する。前者より後者の方が遥かに難易度は高くタレンドの隊員の約1割、およそ50万人程しか存在していない。かなりの実力者でなければなることが不可能な正に「エリート」だらけのランク帯だ。
「……そういや今日は休みだったか」
今思い出したが、今日は休日だった。タレンドの隊員は最低でも週2日の休日を取ることが出来る。ただし、何らかの緊急事態が起こった場合は強制的に出動しなければならないが。
俺はシャワーの水栓のレバーを締め風呂場から出る。置いてあったタオルを手に取り身体を拭き、棚の中の部屋着を手に取り着た後洗面所から出る。リビングに戻り壁に掛かった時計を見るともう9時を過ぎたところだった。とりあえずテレビを付けて録画していた深夜アニメでも見ようと思ったその時だった。
「……ん?」
突然、インターホンの音が鳴った。
こんな朝から一体誰だろう、と思いながらインターホンの画面を見る。
すると、画面の中に早希の姿があった。
俺は急に何だろうと思いインターホンの下の「会話」ボタンを押す。
「どうした?何か用か?」
「あっ、おはようシュウ!
ちょっとね、急なんだけどお父さんが日本に帰ってきたんだって!」
俺は突然の報せを受け少し驚く。
が、早希の父さんが帰ってくる事自体はそこまで珍しいことではなかった。
「お前の父さんが?
で、それでどうしたんだ?」
「まあ私もちょっと急すぎてびっくりしたんだけど、それで私とシュウに話したいことがあるって言ってたの」
「俺とお前にか?一体何を?」
「それがまだ伝えられてなくて……とりあえず、本部の第一広場で待ち合わせをしたから一緒に来てくれない?ごめんね、急で」
「わかった、少し準備するから少し待っててくれ」
そう言うと俺は風呂場の方へ行き、先程来たばかりの部屋着を脱ぎ白色のTシャツとジーパンを着た後その上から青藍色の薄手のパーカーを着る。その後玄関に掛けてあったショルダーバッグを肩から掛け、ドアを開けた。ドアの前には肩に掛かりそうで掛からない程の長さの黒色の髪と若葉色の眼、白色のリボンとフリル付きのブラウスと膝より少し上までの長さの水色のスカート姿の早希がそこに立っていた。
「お待たせ、それじゃ行くか」
「うん」
俺達はアパートの階段を降りる。アパートのすぐ横にある駐輪場に停めてあった最近やっと全世界に普及したといわれている運転用の取っ手が付いた免許不要の「空中移動式スケボー型車」に乗り、目的地へと向かう。道に出ると初夏を感じさせるような薫風が吹いていた。
「最近、三日連続で同じ夢を見るんだ……昔、俺達が元々住んでいた街でロボット兵から逃げ回っていた夢を」
俺は例の夢の話をし始める。
三日連続であの夢を見る事なんて早々ない。
「えっ、それめっちゃ悪夢じゃない?まぁ、あの時は本当に死ぬかと思ったよね……でも平岸さんとお父さんが助けてくれたんだっけ」
「あぁ、平岸さんか。あの人には何回も感謝しても足りないな……」
平岸さん。フルネームでは「平岸遥羽」。
約3年前に俺と早希が元々住んでいた街が「ヴェルト・ゼロ」の手によって襲われ、俺達は街の中を逃げ回っていた。ロボット兵に囲まれて絶体絶命の所に颯爽と現れ早希の父親と共に俺達を助けてくれた人だ。因みに数ヶ月前にプライマリに昇格したと聞いた覚えがある。
「平岸さん、最近会えてないな……
プライマリに昇格してから忙しくなっちゃったのかな」
「まぁ、そうだろうな……最近海外じゃ色々テロとか紛争とか起きまくってるからな……」
プライマリの隊員に与えられる様々な任務の現地は国外の場合が多く、しかも最近では「ヴェルト・ゼロ」だけでなく他のテロ組織によって大規模なテロや紛争が国外で起こされている。その為プライマリの隊員に国外への重要な任務が与えられる回数が最近かなり多くなり人数不足を起こし、セカンダリにも国外への重要任務を任せなければならない状況となっている。タレンド自体は任務達成数やパトロール数などで給料が決定される完全実力主義組織の為金銭的には問題はないが、タレンドの上層部もこの状態の認知が広まり、対策を進めようとしている所らしい。
「……それにしてもお父さん、今まで何も言わずに急に帰ってくる事なんて無かったのにね」
「あぁ、確かにそうだな、いつもなら先に連絡してくれてる筈なのにな」
早希の父親。フルネームは「桜木昭」。死んだ俺の父さん「青山星夜」とは少し違う天真爛漫で明るい性格な人だ。プライマリ有数のベテラン隊員であり数々の戦功を上げ、上層部ですら少々ながら認知されている程の実力者だ。因みに平岸さんの師匠でもあったりする。その人が、突然連絡もなしに急に帰って来たのだ。一体何の用事で帰ってきたんだろうか。
考えても解らない事を無理矢理考えていると、横断歩道の信号が赤に光っている事に気付き俺と早希はスケボー型車を止める。
「うーん、連絡する余裕もない程忙しかったのかもね……あっ、お父さんもう広場に着いたんだって」
「まぁとりあえず、第一広場まで行かないと
何の用件かすら分からないな……よし、少し急ぐか」
信号が青に点灯したのを確認した俺達は、タレンドの第一広場へと急いだ。
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